情景257【海に碧を溶かした】

 雨が上がり、花は散り、雲が晴れていく。

 薄灰色の雲が両脇へと引いていき、中空は真ん中から爽快な青がするすると広がっていった。その空の下に敷かれた海はみるみるあおみを帯びて明るさを取り戻していく。仕事の帰り道に海沿いを電車に乗って通り過ぎたとき、そんな景色を見た。

 そんなものを見てしまったものだから、今度の休日は、海が見える山に登りたいと、一粒で二度美味しい休日を過ごしたいなんてことを、思ってしまった。


 朝、空を見上げて晴れを確認し、そのまま車で山へ向かう。登り始めてしばらくすると、空の青と海の碧の景色が視界の大部分を埋め、海面に散りばめた光の粒がちらつき、ふいに目を細めた。

 山の中腹から見下ろす玄界灘げんかいなだの広々とした碧。

 それを目の当たりにしたとき、背負っていた重たいリュックがほんの少しだけ軽くなった気がした。いや、やっぱり気のせいかな。それとも、さっき水筒のポカリをガブガブ飲んだせいかもしれない。

「良い季節になりました」

 と、山登りの道中で道づれになった女性が晴れ晴れとしたカオで空に向かって言った。

 私も足を止め、遠くふもとの先に広がる玄界灘を眺めながら、

「気分がスッキリします」

 と空に向かって言っていた。そのまま頂上まで歩き続ける。


 ——海を見ながら山を登りたかった。


 そんな私の我儘な期待に、この景色は十分に応えてくれる。遠く、空と触れ合う水平線あたりにある海は、群青の砂を溶かしたかのように見違える碧をたたえていた。

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