情景256【風の出どころ】

 遠くの日の入りを眺めながら坂を下っていると、夏はじめのやわらかい風が自分のうなじや肩に触れた。

「ん……どこから?」

 ひとりでつぶやき、おもむろに横を見たり振り返ったりする。特に意味もなく右手を首の横に添え、指先でうなじをさすった。

「しょうもな」

 自分でもわかっている。他愛のないことだけど、いちど気になると、どうしても。

 最近自覚したことだけど、私は時折、風の出どころなんて気にしても仕方のないことを気にしてしまうらしい。ほんの少し考え込んで、いま吹いてきたそれはたぶん、後ろからのものでも横からでもないと内心で決めつけた。

「じゃあ、うえかな?」

 空のうえから自分のところまで垂直に降ってきたのだろうか。頭上には、陽が沈んだあとの青に紫がまじり水で薄めたような空。そこは一面に星々がちらつきはじめる最中さなかだった。細く吐いた息はそのまま空に吸いあげられていく。

 また風が触れてきた。一枚薄手のを羽織ってきたらよかったと思いつつ坂を下る。

「風邪はひきたくないな」

 夕と夜の狭間の時間帯に空を見上げながら、そんなことを思った。

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