情景99【静かな白い部屋】

 彼が目覚めない。白い部屋で、昨日も、今日も。

 今だってそう。それでも私は、こうして白い部屋に通う。白い壁が彼を囲う部屋。外を眺められるはずの窓はベージュのカーテンがあてられている。

 部屋に入ればとても静やかで、冷ややかで。ここだけ時が止まってしまったのではと思えるほどにしんとしていた。私はそばの椅子に腰掛けるだけ。たまに話しかけようとして、眠ったままの彼の耳もとに顔を寄せる。


 一瞬、手を握ろうとしてためらった。

 腕を這い手の甲まで伸びる管を見てしまったから。

 白い掛け布団の中で目を閉じ、そのまま。


 会話はない。

 私は、会話したい。


 廊下でパタパタと早歩きする看護師さんたちとツカツカ歩くお医者さんたちの引き連れる乾いた音。そして、退院していくひとたちのほぐれた表情と声が、私の琴線に触れようとにじり寄る。染みひとつすらないシーツをぎゅっと握った。

「静かね……」

 ——いつ。

 いえ、それを考えるのはやめよう。


 ふと、自分の背中が温かくなった。

 振り返れば、ベージュのカーテンの隙間から白い光が降りて、床に光の溜まり場を作る。それはベッドの方へと伸びていって、眠り続ける彼の頬に触れた。

 光が、頬からまつげまで静かに伸びていって……。


 ——動いた? 


 一瞬、まぶたが。 

 この白い部屋そのものが、熱を取り戻したかのような気がした。

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