情景161【一本の煙草、湿った吸い口】
私の指に挟む一本の紙煙草は少し斜め上を向いていた。
自室の窓際で、ぼうっと眺めながらタバコを一服するこの時間が、奇妙なほどに愛おしい。天井に向けて吹いた煙は薄白くて、さらりと網戸越しの風がかっさらっていった。
「——ふぅ」
もう、外で吸うことがなくなったな。喫煙所の隅で、男から投げられる物珍しげな目線をかわすように、あの檻のような箱の中で外を眺めて吸っていたあの頃が少し懐かしく思う。
吸いながら黄昏れていたら、ひとの気配。ひたひたと、素足でフローリングを歩いてこちらに寄る。彼の纏う柔らかい空気が、私によく馴染んだ。
「もう夕方かよ」
「よく眠れた?」
そう言うと、彼は「ああ——」と頷き、隣に座り込む。
そして私がくわえていた紙煙草をそっとつまみ、私の口から離して……。
そのまま自分の口にくわえた。
先を見やりながら吸う男の横顔。
「ちょっと湿ってんな、吸い口が」
私から勝手に取っておいてそんなことを言う。
「そりゃ、ね」
もう一度ちらりと彼を見ると、くわえた煙草の先端に赤い光が灯っていた。
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