情景198【篝火と除夜の鐘】

 除夜の鐘を、お寺のヒトじゃなくても鳴らせるだなんて、知らなかったな。


 大晦日は夜も深まり、路上は年の瀬につとめてひそむような、森閑とした空気が漂っていた。道端の頼りない街路灯のさらに上を見ると、広がる空には星々が散らばっている。自然とあごが上向いて、吐いた息は外の気温に冷まされて白んだ。うっすらと視認できる程度のか細い歩道の白線に沿って、行く先へ伸びるだけの県道の端をふたりで歩く。

 目的地に近づくにつれ、周囲から人の気配が感じるようになった。近所の家族連れやお年寄りが道ゆく流れに合わさり、次第に群れのようになる。

「——もしかして、並ぶのか」

 隣で一緒に歩く彼女に尋ねた。

「並ぶでしょ、そりゃ」

 何いってんの今更、と言いたげ。

「そりゃ、そうだよね」

 ため息は白かった。


 寺の表から八脚門を吸い込まれるように抜ける。両脇の仁王像に睨まれながら抜けた先は、ささやかな賑わいの雰囲気に包まれていた。年越しを待ちわびて寄合に繰り出したらしい、まばらな人だかりがある。点々と立つ篝火かがりびの赤く煌々こうこうとした光が、外の冷めた空気に熱を寄せていた。たきぎの割れる音が境内けいだいに響き、にわかに火の粉が散る。吐く息の白みに篝火の色味が降りかかった。

 彼女は淡い色のマフラーにあごをすぼめたまま、

「ねぇ、あっち」

 と促してくる。篝火にはあまり興味がないらしく、段上の除夜の梵鐘ぼんしょうを見上げていた。

「どうしたの? いまいち反応薄いんだけど」

「だってさ——」

 篝火のそばは暖かい。

 ひとが明かりのそばに群がる理由もわかる気がする。

「ほら、一緒に並ぼうよ」

 手を差し出されるも、寒すぎてポケットから手を出すのも億劫だった。だけど、ポケットから手を出して、ついでに身体に四個貼っていた使い捨てカイロを一個だけ剥がし、手を繋ぐついでにその熱を添える。

「わッ!」

 驚いて右手を空で振る彼女を見て、

「フッ」

 と、肩を揺らして笑う。

「もう、子どものイタズラか。早く鳴らしに行くよ」

「フッフッ」

 ——おもしろいやつ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る