情景146【日曜日のココア。秘密は抱えるもの】

 日曜日の朝。私が話し始めると、手元に置いたココアの表面に波紋が立った。

 カフェの片隅で、そう付き合いの深くない男性と、静かに会話するだけの時間を過ごしている。

「秘密主義、ですか。あなたが?」

 男性の、黒々とした長い睫毛に隠れがちな瞳の虹彩が私を捉えていた。

「そうなんじゃないかって、仕事中にそう思えてきて——」

「確か、お仕事は事務職でしたよね」

「ええ。最近は後輩や部下もいて」

 ごくありふれたカフェの一角なはず。ただ、なぜかその空間は浮世離れしたような静けさで、透き通った陽光に包まれていて、居着くように佇む彼もこの場の気配を纏うようにして静々と話を聞いてくれていた。

「よく、業務の見える化とか可視化とか、透明化とか言っちゃうじゃないですか」

「言いますね」

「実際、必要だなって思うんですよ。で、それを部下に言うんですが、そんなとき自分を省みちゃうと、なんか口をつぐんじゃう自分がいて」

「ほぅ——」

 緩やかでふわりとした相槌を打ってくれる。

「だって、当の私が、職場に対してめっちゃ秘密が多いなって……気がついちゃったんです」

 すると彼は声もなく小さな笑みを浮かべ、そっとココアを口にする。

「……そういうものでは?」

「そういうもの、ですか?」

「秘密は私事ですから」

 ——私事。

「業務の見える化は、共有して協働するために必要な公の事。そして秘密とは、あなたがあなたであるために必要な私の事」

 静かに、深いところにそっと言葉を置くように添えてくれる。

「こっそり抱えてしまえばいい。そして、明かしたいものだけを明かせばよいでしょう。そんな自分に対する責任だけ忘れないようにしたらいい……」

 言い終えたところで、もう一度口にしていた。

「少なくとも、私はそう思います」

「かもしれませんね」

 陽の豊かな場所で小さな会話を共有する。そんな他愛のない日曜日の朝。

 深く呼吸してその空気を体に巡らせたくなるような、そんな場所がここにある。

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