情景144【夕の県道をゆく】

 夕陽に染まる田舎の県道を、もうどれほど車で走っていることだろうか。

 運転中に差し込んでくる夕の陽射しが、ハンドルを握る指を熱で包むようにほぐしていく。

 車内に冷房はもう必要ないだろう。右手の中指の腹でウインドウのスイッチをそっと押し込む。車の窓を下げ、そこから外の空気が入ってきた。窓のそばで鳴る風と、空を切る車の摩擦音が車内に響く。風が断続して自分の横髪をなびかせる。


 今日はたまたま同乗者がいない。ひとりでただじっくりと田舎道を運転していた。

 目の前を伸びる一本の県道は静かなもので、自分と愛車が走るだけの道。両脇は田舎らしい田んぼと山に囲まれている。それが、植わった緑葉の上で茜と黄金の粒を散らしているかのようだ。


 ——夕陽を照り返しながらこの道を走る愛車こいつを想うと、これがなかなか悪くない。


「先の眩しい夕陽との距離はどこまで行ってもろくに縮まらないだろうが……」

 それでも、地に足着けたタイヤがアスファルトをじりじり唸らせて走るってのは、いもんだ。


 ふと、ダッシュボードの上に手を伸ばした。……以前は必ず置いていたものがない。ふっと笑みが漏れた。


 あいつのおかげで、禁煙を始めたんだったな。そういえば。


 この静かで快い夕焼けの道はもうしばらく続く。

 もう少しだけじっくり、こいつと走っていよう。

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