情景207【一月の縦長な思い出】

 手袋を片方だけ脱いで、脱いだ手袋はダウンの左ポケットに突っ込んだ。

 外に触れた指や手の甲が、冷ややかな空気の流れを拾う。人差し指の爪の先に、夕陽の照り付ける光の筋が点となって音もなく乗った。

 指の腹でスマートフォンのロックを解除する。カメラを起こした。

 画面には足もとの砂利と石畳の道が映っている。それを確認してからスマートフォンを前の方へ向けた。

 映ったのは、鳥居とその奥にある神社と、鳥居の前で適当に喋っている連れのやつら。

「鳥居の前でさ。礼ってした方がいいの?」

「端を通ってくださいよ。参道は神さん家の通り道らしいんですから」

「神さん家って、ご近所さんかよ」

「でもさ。意外と身近にいるらしいじゃん?」

「なにが」

「神様的なやつ」

「的なやつ」

「アニミズムとか日本史でやったな」

「てか、そもそも参道ってなに?」

 ちょっと離れたところに立つ。

 鳥居の前ではしゃぐ連れのやつらを画面に収めようとうろうろ。地面で砂利をこする音を耳が拾った。

 通りすがりの人だかりにぶつからないよう周囲に気を払いつつ、映された夕暮れ時の鳥居の下でたむろするやつらをじっと見つめる。


 スマートフォンの本体は、冬空の下に晒されてまたたく間に冷たくなった。指や付け根に触れる無機質の感触がそれを自分に伝えてくる。

 ——みんな、入った。

 画面に浮かぶ赤い丸のボタンを押した。


 スマートフォンで映像を撮る。思い出が縦長に残る。


 しばらくすると、赤白のスカジャンを着た連れのひとりが、

「ソレ、いつまでってんの」


 ——ちゃんと残しとこうと思って。


 彼女に追従して、マフラーに顎を沈めた男子がこっちに視線をやりながら言った。

「それもいいですけど、早くいきましょうよ。いいかげん寒いし」

 すると彼女はなにか閃いたようで、

「ちょうどいいや。スマホの前で記録より記憶に残るポーズしよう」

「そんな記録を残す身になってよ」

 ふっと笑った拍子に息が白んだ。

 ひとりがこちらに寄る。

「撮るのもいいけど、機種変してそのまま忘れたりとか、しないでよ」

「なにを?」

「そりゃまァ、今日のことよ」

「……そうだね」

 小さく頷いてから、冷めた指の腹で録画を止めた。もういちど指の爪に夕陽の光点が乗る。

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