情景221【風の変遷】

 洗濯物を部屋に入れようと思って、窓を開けてベランダに出た。そのためにわざわざ上着を着る気にもなれない。そうして薄いインナーでベランダに出るも、もうそれほど寒さを感じなかった。

 空が暮れなずむ。

 静けさが耳を打つ。

 刺すような寒さだった空気が穏やかになっている。

「冬っぽさも薄れたな……」

 季節が移り変わっていく。


 ふと、風が鼻先をかすめた。髪を靡かせ、裾や袖の隙間を縫って自身の内にすっと入り込んでくる。鼻ですっと吸えば、風に混じって土の匂いがした。道すがら土くれに触れたであろうことを思わせる、息吹のような風。

 昨日までの冬風にはなかった感触。その身に風の柔らかみを感じる。


 しだいに、地平線のうえあたりに固まっていた夕暮れのまばゆい橙が、うえからきた薄紫の色味に押しつぶされていった。後頭部を引いて天頂を見上げてみれば、そこから地平に向けてうっすらと薄青い幕が降りてくるように見える。

 ベランダで手すりに寄り掛かり、遠くでだんだんと夕闇に紛れていく山の稜線を眺めた。夜に身を隠そうとする木々。遠くに見えていた緑は黒々とした影に成り変わろうとしている。

「——おっと」

 洗濯物、とっとと仕舞わないと。

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