情景298【カフェに師走が見えてきた】
鼻がムズがゆくなるような、ツンとくる寒さ漂う十一月の午前中。
バイト先のカフェの午前シフトだった。
「っふー。さみ……」
朝日を避けるようにして、裏から店に入る。
風は冷たかった。鳥肌の立つ二の腕を撫でつつ着替えをさっさと済ませ、薄暗い店内を軽く掃除して、開店前の凝り固まった空気をほぐしていく。ダスターを洗濯機に放り込んでホールに戻った。店長は気もそぞろな顔でレジ開け作業をしている。
「店長。もうすぐ十二月っすねぇ」
「フリがベタすぎ。もうちょっと考えたら」
辛辣!
それでも懲りずに、
「師走といえば、何ですかね」
こちらも話題のネタがなかった。
店長は「ヘン」とあくびをがまんするように片方の口角をよじりあげる。口を開けたレジの前で少し考え込み、
「……売上?」
あんたは年中そうでしょうが。
そうこうしているうちに開店時間がやってきて、そこからはレールに乗った鈍行列車のように時間がのろのろと過ぎて行く。お客さんも片手で数えられる程度。みんな送り出してしまえば、昼ピークを迎える前の静けさが店内に訪れた。
——軒下のドアマットに積もる枯れ葉くずが気になる。
払おうと自動ドアをくぐったところで、
「……あれま」
雨が降ってきた。
目に見えない冷たい粒のようなものが頬に触れる。
「朝は晴れてたのになァ」
雨脚は急だ。
午前中の陽光をたっぷり吸ったアスファルトも、厚く暗い雨雲が真上を通ればそこは水溜りになる。ここに立っていると、湿りけが髪の毛先を濡らして束にしてしまいそう。それなのに、店内に逃げてやることもなく机を消毒していると、しばらくもしないうちに雨雲は去っていった。薄い灰色雲の奥に陽の光が溜まっている。
「冬の雲は早いねぇ」
その時、店長がポツリとつぶやいた。
「……師走といえば、ね」
「おっ。なにか浮かびましたか」
「去る人、かしら」
——は?
「なんです、それ」
「ほら、あなたもそうじゃない」
「私?」
遠回しのクビ宣告か?
「……学生バイトなんて、すぐにいなくなっちゃうんだから。年齢でいえば、あなただってもう三年生で、就活の年でしょ」
「店長……」
珍しく私の方まで届いた店長の声。軽く胸をおさえ、息を吐いてから、答えた。
「私、就活来年っすよ。一浪してるから」
「そうなの? 気取っちゃって損したわ」
相変わらず噛み合わないねェ。もうこのバイト長いのに。
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