情景274【夏と帯とわんぱく坊主】
昼下がりの日差しが次第におとなしくなって、おもむろに夕暮れの空気を感じはじめる頃。子供を連れて近所の公園に向かう。
年に二、三度あるかないか。そう思っていたものが、今や年に一度あるかどうか。
いつもはシャツにハーフパンツで外を走り回るうちの子が、今日は浴衣を着てぴょこぴょこ跳ねるような仕草で歩く。近所で催されるささやかな夏祭りに向かっていた。
——よかった。どうやら、しっかり巻けたみたい。
この子はこちらに振り返って、
「ねぇ、これだと本気で走れない」
「……そうねぇ」
あんまり、本気では走らないでくれ。
家を出る前、このわんぱく坊主に浴衣を着せるのが大変だった。居間をパンツ一丁で走り回って全然捕まらないというのがひとつ。でも、それはいつものことだから仕方ない。
厄介なもうひとつの理由が、
「ねぇ、まだー?」
「も、もうちょっとそのままね。あっ、動かないで!」
びっくりするくらい、帯が上手く締められねぇ……。
「お母さん、もしかしてへたっぴ?」
「そ、そんなことないわよ。昔から何度もやってるし。もうちょい、もうちょい……」
おっかしいなぁ。事前に動画で予習したのに。
眉を密やかにヒクつかせながら、子には笑みを見せつつ、内心で愚痴っていた。
なんでこんなに歪むんだろう。
力加減はこれでいいかな。歩いてる途中で緩んだりしないか。
あーもう、もう一度巻き直すか……。あ、待った巻き直すのこれで何回目?
お母さんは、私の浴衣の帯くらい、ひょいひょい巻いてくれてたのになァ……。
顔面を笑顔で固めながら悪戦苦闘。最後は半ば諦めの境地で、帯をギュッと締めて垂れをリボンの上をくぐらせた。
「ハイ、よし!」
そら来たと居間にダッシュし始めるわんぱく坊主。
「あ、ちょっと待って」
浴衣姿で駆け出すわんぱく坊主を引き止め、勇姿をスマートフォンで十枚くらい撮った。
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