情景205【去るひと・前編】

 話が進んでいくにつれて、何度も言葉に詰まってしまって、それに気づかれたくなくて、最後の方は息を止めるようにしてぽつぽつと喋っていた。

 目の前の彼は、そんな私の様子を察してか、そうでないのか。普段と変わらない調子で喋り続ける。

 一方、隣で一緒にテーブルを囲んでいた先輩は、

「スポーツ特待生ってスゴいんだね」

 と、なにげなく話を振ってかしわおにぎりをひと齧り。

「高校からは寮暮らしかァ。四月って、もうスグじゃん」

 彼は、

「ウス。でも、別にスゴいこととかないッス。ただ、自分でもやれるんなら、やれるところまでやらないとと思って——」

 目の前で、うどんに乗ったごぼう天をかじった。

 ——町を出る、と決まってすぐに、先輩がこの場をつくってくれた。

 具体的な話を聞くほどに、わたしの視線はどんどん下がっていくものの、彼が話しだせば、自然とわたしの耳が立つ。

 先輩は飄々と話を続けていた。

「やらないと——か。やっぱりスゴいね。使命感とか、そんなハナシ」

「だって、そこなら全国でもいいとこ行けそうだし」

 わたしの耳は、周囲の音を忘れたように彼の音のひとつひとつを拾う。周りは騒がしかった。当然よね。ただの町によくあるうどん屋さんの片隅だもん。

 ふいに、先輩がこっちを見る。

「ほら、アンタからはもっとなんかないの?」

「へっ」

「ヘッ、じゃない。ちょっと喋っただけで黙りこくっちゃってさ。もうすぐ行っちゃうんだよ、コイツ。この町を去っちゃうんだから」

 うつむくわたしを焚きつけてきたきた。


 ——何も言わないでいいの。


 と、先輩の目が言っている。

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