情景230【花粉症ではない】

 花粉症ですか。

 ——いえ、花粉症ではないですね。

 そんなやり取りを幾度も繰り返す季節がきた。


 鼻腔びくうにツンと刺すような感触が走ると、反射的に脳が「くしゃみをしたい」と体に訴えだす。朝に目を覚ましたときから始まり、起き上がってベッドに胡座をかいてはティッシュペーパーを鼻にあて、

「フンッ!」

 と、鼻から息を噴き出すのが日課だった。


 家の中ですらこの有様なので、外に出たらなおさらツラい。

 道端に並ぶ街路樹が枝に緑葉をつけ、陽気な風にゆすられていた。通りがかったところに、一枚の葉が風に巻かれひらりと漂い、アスファルトに落ちる。


 この風、花粉も運ぶんだよな。


 なんてことを思ってしまったものだから、また体と脳が過剰に反応しだすのだった。

 無色の鼻水がだらりと垂れる。目が痒みを訴えだす。触れたい。でも触れたところで解決はしないと知っている。鼻で息を吸うとムズムズしてたまらなかった。

「……マスク冥利に尽きるな」

 顔色をひとつ変えずに歩こうと強がっている自分だった。


 バイト先で、店長があけすけに言い放つ。

「いやそれ、花粉症でしょ」

 店長は店の軒下をホウキで掃き終え、花粉を引き連れて店内に戻ってきたところだった。

「典型的な花粉症じゃない」

「花粉症じゃないですよ。ちょっと鼻がムズムズするだけです」

「認めちゃいなよ。認めたら楽になるよ」

 こちらはテーブルを拭きながら言い返す。

「絶対に花粉症じゃありません」

「ガンコだなァ」

「だって、認めたらその時から花粉症になっちゃうじゃないですか」

 だから、花粉症ではない。

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