情景77【記憶のうるおい。無言で佇む我が家】

 小学生の頃、夜の自宅が苦手だった。

 放課後に学校を飛び出て、夕方に帰宅しても誰もいない。両親は共働きで、家の鍵を持たされていた。鞄を玄関の片隅にそっと置く。

 それから無言で習い事に行く準備をひとりで整える。自発的な意思というよりも、習慣づけられた行動だった。玄関を施錠して、スイミングスクールの送迎バスが来てくれるところまでとぼとぼと歩く……。


 習い事を終えて見送りのバスを降り、帰り道を歩くと、夜の奥で影に紛れ、無言で佇む自分の家が待っていた。

 自分で施錠した家だ。

 それでも、この夜の暗がりで、まっくら無言な家の鍵を開けて中に入るというのは、怖かった。その経験が積み重なり、いつしか苦手になった。

 中に入ってしまえば、なんてことはないのだけれど。

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