情景263【夏の使い】

 片側二車線で舗装されたアスファルトの国道。その両端を歩道で固める太い一本線。風はなくひたすら眩しい昼日中に片側の歩道を歩いていて、この一本道にふと違和感を抱いてしまった。

 ——この道、こんなに広かったっけ。

 ただ日の下で一歩一歩道をゆくだけのはず。だというのに、一度触れてしまった違和感がどうしても拭えなくなってきた。

 無言で立ち止まる。国道を挟んで向こう岸の歩道を見た。人通りはない。

 それから、改めて自分が歩く道の先を見た。地平線まで伸びているというのに、誰もいない。その間、車は一台も通らなかった。ただ眩しい日の下で道だけが広く在る。

「なんでだっけ……」

 それでも、淡々ともういちど歩きはじめた。

 人通りがないから?

 車が通っていないから?

 この道が去年、拡張工事で広くなったから? 

 途中、角を曲がって細い通りに入った。風がないから、音もない。

 ジャリッと歩道を踏んだ靴の擦り音だけが耳についた。

 すると、道の向こうから、誰かが歩いてくる。

 その誰かは白いスタンドカラーシャツを着ていて、白い長ズボンを履き、白いスニーカーの出で立ち。髪は黒々しいのに、妙に思うほど白っぽい印象を受けた。

「ま、これから暑くなるし……」

 白の服で外出したくなるよね。すれ違うひとの格好をいちいち気にかけていたら、きっと今夜の夢見が悪くなる。

「えっ」

 ——夢?

 一瞬、その一語が脳裏にかすめて足が止まる。同時に、白い格好をしたひとと無言ですれ違った。瞳孔の大きい切れ長の目をしている。

 瞳にひかれ、そのひとを横目に眺めて気づいた。

 こめかみに汗がにじんでいる。

「あ、そっか」

 もうすぐ、夏が来るんだっけ。

 そう思えたとき、すれ違った白いひとが夏の呼ぶ使いかなにかのように思えた。

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