情景264【気安い時間帯】

 縁側に通じる窓の近くに、二枚の座布団を置いた。庭を眺めながら窓の鍵を親指でピンと弾いて解く。窓を開けると外の空気が入り込んできて、網戸を介して風が出入りしはじめた。夕から宵へと移りゆく時間帯。

 庭はまだ、夕陽の薄いオレンジ色をした幕が音もなく降りかかっている。西日を浴びてぬるくなった空気がそよいだ。座布団に胡座して、網戸越しに夕と宵のあいだに在る庭を眺めている。


 ——こうして居られるのも、ある種ゼータクなのかな。


 両手を腰の後ろに置いて「はぁー」とひと息ついた。今日は、いつもより早く帰宅できた日。いつもなら、今ごろは夕飯のために台所に立っている時間だ。でも、今晩は適当に済ますと、相方とふたりでそう決めた。お互いのために、時折こういう日を設けるようにしている。

 出来合いのものを相方が外で買ってきた。いま、台所で惣菜を適当に盛り付けているはずで、ついでにツマミをなにか作るつもりらしい。タンタンタン、と包丁でまな板を叩く存外手慣れた音が耳に心地よかった。

 しばらくすると、ゆったりとした歩みで近づいてきて、

「おまちどう」

 どこぞの居酒屋の大将にでもなったつもりのていで茶盆を持ってきた。

 缶ビールとグラスと、いくつかの小鉢が乗っている。盆を床に置いた音。相方も座布団に座ると、同じタイミングで遠くから虫のさざめきが聞こえてきた。

 グラスを手に取る。缶ビールはほどよく冷えていた。適当に注ぎながら、適当に語る。

「ユルいね、お互い」

「今日はそれでいいだろ」

 ——うん。そうかも。

 ビールを注いだグラスに口をつけながら、そう答えた。

「あ、先にごめん。ホイ、乾杯」

 ふたりのグラスがキンと鳴る。

 相方を置いて飲み始めてしまったことに後から気づいた。向こうは「仕方ねぇな、こいつ」とでも言いたげに笑う。

 庭を見れば、夕の西日の色が引いている。それでも網戸を抜けてくる空気は、外の陽の熱をかすかに帯びているようだった。

 夕方と夜の間。私が好きなひととき。ふたりの気安い時間帯。

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