情景288【人差し指と中指にだけ】
午後二時を過ぎたあたりで、日差しがいっそう強くなってきた。
溜め込んだ課題をいよいよ片付けないといけない段になり、近所の喫茶店に繰り出す。いつもの窓際の席。レギュラーサイズのアイスコーヒーをテーブルに置いて、おもむろにクロームブックを開いた。透明のカップに水滴が瞬く間にまとわりつく。指の腹で、その水滴をなぞった。
「長雨はどこへ行ったのやら……」
ストローでコーヒーを味わいつつ独りごちる。冷たくて快適。
すると、空から日差しが睨むように降り注いできた。
「んっ……」
壁ガラスの前にいると、たまに青空の下で作業をしているような錯覚に陥ることがある。今それが起きたのはきっと、目の前の大きな窓が、日差しを存分に受け入れたせい。
クロームブックのふちで光がちらついた。昼日中の陽ざしを浴びて、左上の先っちょに光の粒をつくっている。
目を細めて作業していると、店員さんがそばに立ち、
「眩しいッスよね」
と、何気なく尋ねてきた。
「え、うん。……はい」
そして、窓の端に下がった紐を上げ下げして、目の前にベージュのロールスクリーンを下ろす。その店員さんは長い茶髪を後ろで結んでいた。
「……ありがとうございます」
「いいえー」
と、物腰柔らかく笑う。つづけて手際よく端から端までスクリーンを下ろした。ベージュの薄い幕が並ぶ。
それから、画面を睨んで作業を進めているうちに、ふと右手に妙な熱を感じ取った。手の甲の中心あたりから、人差し指と中指の先。そのくらいまでがやけに温かい。不思議に思って手元を見て、すぐに理由を理解した。
銀板に黒い四角が並ぶ、クロームブックのキーボードの上。そこの人差し指と中指にあたる部分だけが、陽光にさらされている。
熱をもった白い光。小さな平行四辺形のひだまり。ささやかな陽のあたる場所。その指二本分の狭い空間だけが、白く照らされてまぶしい。
見えない日差しの筋を追うようにして顔を上げた。どうやら、並んだベージュのスクリーンの隙間から、光が漏れてきたらしい。
「……セーフ」
アイスコーヒーは、そのひだまりに触れていなかった。ろくに飲んでもいないうちから、氷が解けてはたまらない。カップを手に取って、ひとくち分をストローで吸い上げつつ、ベージュとベージュの隙間を見上げてみた。
その隙間から、空の青が覗ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます