情景200【時津風、晴れた先】

 祖父母の家が幾つかの県境を越えた先にあって、数年ぶりに家族で行くことになった。昼頃に辿り着いた祖父母の家は、県道沿いにぽつんと建っていて、やけに横に広い。駐車場も広かった。

「なんでこんなに道スレスレなの」

 と、車を降りてから誰ともなしにつぶやくと母が、

「この道を通す時にねー、区画整理に入り損ねたんだって」

 と、興味もなさそうに言う。

「少し前まで、ここは県道じゃなかったのか……」

 降り立つと、舗装の真新しさを思わせる黒々としたアスファルトが目と鼻の先にあった。その先は土くれの敷かれた田んぼが広がる。奥に緑の山々があって、先をじっと見上げていくとさらに高い山。山の色は高くなるにつれてだんだんと濃く乾いた黒いものになり、山頂付近は鈍色の雲にその首を突っ込んでいた。

「なんにもない田舎なのよね」

 と、母は言う。それから慣れた足取りで道にすぐ面した方の玄関……土間のある昔くさい玄関の方に歩いていった。

「ていうか、引き戸に土間って——」

 そんなもん、旅館かジブリでしか見たことないわ。

「あんたは、新しい玄関から入りなさい。ちゃんとイトコにご挨拶するのよ」

 奥の方の母屋……見慣れた建材で構築される玄関の方を指した。だけど、なんとなく私も土間の方に寄る。

 この家は昔、町に唯一の萬屋よろずやだったと聞いた。

「萬屋ってなに?」

「ただの商店よ。こまごまとした雑貨とか食べ物をね、あれこれ売ってたの。軒下でね」

 言うだけあって、軒先は広く取ってある。玄関は昔ながらの、ガラスに木の格子が走る引き戸が庇の下に並び、ガラスの奥から見える土間には一台の石油ストーブが置いてあった。

「それも、今はお花だけ」

 いわゆる、ふるい家。


 ふと、さっきの山の方を見た。

「あっ——」

 頭上を覆っていたはずの鈍色の雲がいつの間にかどこかへ行っている。青い空からみるみる光が降ってきた。

 そして顔を出す山頂の付近は——。

「——雪」

 白かった。そしてそのもっと奥に、薄く延びてちぎれたような雲が流れている。


 雲のさらに奥に、また違う雲があるんだ……。


 そんなこと、いままで考えたこともなかった。

「ほら、なにしてるの」

「あ、うん」

 がらりと重たい木の引き戸を開けると、玄関に熱気を敷くストーブの匂いが鼻をくすぐる。奥からそそくさと出てくる叔母に挨拶をした。

「ご無沙汰です……」

 それから、もう一度だけ山の方を見る。

 雲の晴れた先に白く輝くものがあって、その奥にまた違う白雲があった。

 ここに来たから、それに気づけたのかな。

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