情景225【水の都】

 昔から、ひとは水のもとに集まって自分たちの生活を成り立たせてきた。水がないとひとは生きていけない。わたしたちの暮らしにはいつも、そばに水の湧き出るスポット——水源がある。

「と、まぁ仰々しく言葉を並べてはみたけれども」

 いちど日常として定着してしまえば、それの何が物珍しいのか、いまいち実感しにくい。


 石造りのガーデンベンチに腰掛け、目の前で横一線にまっすぐ伸びる小さなお堀を眺めていた。土のみちを掘って横に伸ばし、石で固めて堀にする。石はすっかりこけむしていて、そこに流れているのは水。山の近くの神社から湧き出た水が、町まで流れる水路を築いていた。ただただ水だけが、心地よさそうに流れるだけのみち


 旦那が喫茶で買ってきた珈琲を手にして隣に座る。視線をやることもなく、なんとでもない風につぶやいた。

「このみち、昔のまんまなのよ」

「昔っていつ?」

「江戸時代って、地元じゃ小学校とかで習うよ」

 へぇ、と短く反応し、まわりを見渡しながら、

「だからこの通りって、みちは土だし、扉は木だし、両脇は生け垣と石垣しかないわけ」

「そうそう。それが観光地として残ってるのよ。伏流水が町中のいろんなところから湧き出てきて……」

「だから、水の都」

「うん」

 ——島原湧水群。

 それも、現代まで連綿と続いた水の都。

 流れる水を眺めたまま、頷いて揺れる前髪を、風がさらに横へとなびかせる。その風は土くれの匂いが交じっていた。

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