情景271【傘をたたんで】

 相合傘なんて起こりようがない。

 糸のような細長い雨がぱらつく帰り道。傘を差したままふたり並んで、雨で湿ったアスファルトの上を歩いていた。住宅街を歩いているはずなのに、雨のせいか、周囲にはちっともひとの気配らしきものがない。脇に植わる木々や雨が生垣に交じる音の方が気になってしまう。

 横目に、彼の濡れた袖を見た。

 私の傘から飛んだ水滴のせいで、湿ってしまった夏服の端。濡れてそこそこ冷たいはずなのに、素知らぬフリをしてくれているのは、彼の優しさからかな。

「昨日、昼休みに学食でさ——」

「うん」

 ともあれ、会話はお互い当たり障りなく。内側に踏み込むようで探るのは避けるような、そんな他愛のないものが続く。

 雨が弱まってきた。

 ——結構、じれったいな。

 特に何も仕掛けてこない。意外と話題の踏み込みが浅い。

 三日連続で女子の帰り道にお邪魔してきて、まさか偶然ってコトにするつもりなのかな。二日続けばこちらだって、もしかして今日も会うのかな、とか考えちゃうに決まってるじゃん。それがイヤだったら最初から友達と帰ったり、帰り道を変えたりするんだから。こうして一緒に歩いている時点で、こっちは割と意思表示しているつもりなんですけれど……。

 そんな思考を巡らせるだけで、言ってしまえる度胸はなかった。

 雨がさらさらと漂うようなものに変わっていく。湿った重めの空気に陽光の匂いが混じりはじめた。パツンと、雨の名残を思わせる一滴が傘を打つ。

 おーい、そろそろ会話のネタも尽きてきたんだけど……。

「雨、あがるぞ」

「へっ? あ、うん」

 手をそらに晒して二、三度ひらひらと振り、パチンと鳴らして傘を畳んだ。 

 ……好いタイミングかな。

「あ、そういえばさ——」

「あのさ」

 言葉が重なる。

 お互い一瞬押し黙ってしまい、視線だけが行き交った。

「……」

 なんだ。意外と息も、合うのかな……。

 後ろから車が迫る音が聴こえてくる。ふたりして傘を畳んだ分、さっきよりも近い距離感で歩道の隅に寄って歩き出した。

 あ、晴れ間。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る