情景83【薄暮れ】

 空の濃い青が薄い紫の色味をつける。

 窓越しに望める山の稜線あたりが、わずかな間だけ橙の光を放った。それもしだいに夕闇の藍と混じり合う。

 窓を開けた。西日を浴びていた風はまだぬるい。


 部屋の隅で唸るだけだった冷蔵庫を開き、缶ビールを一本だけ取り出した。触れた指が張り付きそうなほどに冷まされている。これが私にはたまらなかった。

 そんなとき、都合よく同居人の男が現れる。


 私は考えることもなくもう一本取り出して、

「よかったら」

 男はすぐに破顔して、

「いや、そんな」


 ……じゃあ、一本だけ。


 お互い、笑った。 

 一本だけで済むわけはない。

 お互いに分かりきったやり取りだった。


 ふたりは音を立てて缶ビールを開け、飲みながら網戸ごしに薄暮れの風を浴びる。

 風は私たちに触れ、ビールは私たちの喉を刺激しながら潤してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る