情景69【後ろの席から】

 窓を開けてもいいか。

 新学期。クラス替えを終えたばかりの教室で、後ろの席にいた男の子から最初にかけられた言葉が、それだった。初めて同じクラスになり、まだ顔を合わせて一時間も経っていない相手。以前、体育の授業でちらっと見かけたかな……くらいにしか、知らなかったひと。

 振り返り、そのひとの顔をはじめてまじまじと見て、

「いいと思う」

 深く考えることもなく頷いた。そのまま前に向き直す。このくらいでドキッとするとか、ときめくとか、そういうのはまだはやいよね。なんてことを思うと、ふいに口元が緩んだ。


 左目の端には、窓の向こうの景色。

 右目の端には、教室の扉。

 左から右へとゆっくりと眺める。


 穏やかだ。さらにそこへ暖かさを加えるようにして、午前中の陽光が降り注いだ。

 風の匂いがする。

 春が来ていた。

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