情景191【ジングル・レール】

 いつも通りに出社して、午前中が終わるとお弁当を買いに外へ出た。冬の冷気の冴えを感じた矢先、道端に陽光が差す正午すぎ。

 近くの家電量販店を通りがかって、店内に寄って立ち並ぶスマホケースの群れの中に割り入った。眺めて物色する横目に、白い厚手のマスクをした店員さんが、なにやらマイクでアナウンスしているのを見る。

『レジに並ぶお客様は、床の線を目安に距離を開けてお並びくださーい』

 その先には、スーツや作業着姿で玩具を抱えてレジに向かい列を成すがいた。

 すると頭の中で、さっき聞いた店員さんのアナウンスが妙に改変されて響く。

『レジに並ぶサンタさんは、床の線を目安に距離を開けてお並びくださーい』

 あ、くしゃみ出そう。……我慢。

「フンッ」

 鼻息でごまかした。

 ともあれ。

 そう。あそこに並ぶ彼らはみんな、サンタさん。


 幼稚園に通っていた頃、サンタさんという言葉には神秘的な印象があった。それがいつしか、ワンシーズンのごく短期間を賑やかすだけの概念くらいにしか思わなくなり、今はその役割を果たそうとするご家庭のパパたちの奮闘に感心を覚えるくらい。

 ふと、どこからか無線のように飛んでくる問い。

『クリスマスの予定は?』

 ——仕事。

 いつものやり取り。


 店内に、ジングルベルをバックミュージックにしたクリスマス仕様のアナウンスが入る。レジまでの道筋レールに沿う彼らは、それを聞き流しつつ時間を気にしていた。

 家に煙突はないし、トナカイも連れていない。それでも、今あそこに並ぶ彼らは皆、それぞれの家でサンタクロースをしている。

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