情景192【十二月二五日の長男】

 朝、車庫の前で自転車に足をかけたところの息子に声をかけた。

「クリスマスだからって、あんまり遅くなるなよ」

 早々と高校に向かおうとする我が家の長男は、振り返ることもなく右手を振るだけでそのまま自転車を漕ぎだした。濃灰色の学ランの上に黒いダウンを着込み、オレンジのマフラーが風に引っ張られている。

 いまのは、了解の意味に取っておこう。


 最寄り駅のホームで電車を待ちながら、前方に並ぶ街の向こう……山の稜線をぼんやりと眺めていた。

 高校に入ってくれて真面目に通ってくれているのはなにより。だが、学校が遠くなり、これまでと違って自分の目の届かないシーンが増えてきた。


 ——かと言って、ここで構いすぎると煙たがられる。


 だから精々、こうして一声かけるだけで良しとしていた。

 心配しているワケだが、小学校の時のように「今日の金曜ロードショーはナウシカだぞ」なんて言って、帰りを促すのも格好がつかないだろう。


 ホームに発車メロディが響く。電車がまもなく着く頃合い。思考が今日の業務スケジュールへと切り替わっていく。

 ——クリスマス、誰かと過ごす予定があるのか、とか。

「まァ、もう高校生だし」

 ほどほどに帰ってくるよな。

 俺も当時、親からそういうのをあれこれ言われたくなかったし。

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