情景148【リンゴをひとくち】

 リンゴを噛んだ音の残響が顎を通じて頭に残る。“ジャリ”って、くぐもりながらも響いていた。

 右の手のひらの中には、赤い玉に黄色い円状の痕をつけられたひとつのリンゴ。齧った痕跡が目に入る。それと同時に、隣でゆるく膝を畳んで座っていた女の子がリンゴの方を見て言った。

「おっきなひとくちだぁー」

 ——そう?

「意外と大きいんだね。お口」

「無意識にザックリいったから」

「じゃあ、かして」

「えっ」

 と反応するやいなや、彼女は自分からリンゴをさっと取り上げ、左手に握る。それから果物ナイフを手に取ってするすると皮を剥き始めた。

 あっという間に、切り分けられたリンゴが現れ、卓に盛られる。

 ぷすっと、爪楊枝を刺した。

「はい、ひとくち」

 そう言って、ほっとするような笑みを添える。

 差し出された爪楊枝をつまみ、リンゴを口にした。

「ん、おいしい」

「切っても味は一緒だよ」

 気分の問題とか、あるんじゃない。

 と言うと、ふわりと笑いながら言った。

「そんなのあるのかな。でも、そうだったら切った甲斐があったかな」

 ——そうだね。

 リンゴに爪楊枝を刺して、もうひとつさらりといただいた。

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