情景176【紅茶と静かな時間】

 近所のパティスリーでたまたま見かけた、フルーツキャンディ・フレーバー。仕事の帰り道にマドレーヌとクッキーシューが食べたくなって、そんなときにお店の棚で静かに並んでいたこの子と目が合った。

「最近、取り扱いはじめたんですよ」

 奥からオーナーの奥さんが出てきて、そう言ってくる。目が合った気がしたのも縁と思い、この紅茶を買って帰った。


 電気ポットの中に水を溜めてスイッチを入れると、すぐに気泡の音がコトコトと底で唸りはじめる。ティーポットに沸いたお湯を注げば、湯気がふわりと広がるようにあがり、その熱が手に触れた。

 ゆっくりと、温かく淹れたい。

 ポットの中で濃い紅の糸が交わるように、茶の色が染み渡っていく……。


 ポットのふたを開けて、湯気の立つ様をひとしきり眺めからカップに注いだ。ちまちまと飲んでいるうちに、そのうち一眠りできそうな、そんなゆったりとした気分に浸りはじめる。

 ふと、思い出した。

 そういえば、フィナンシェを買い忘れてしまった。


 また行けばいい。

 晩ごはんの支度にかかる前。ほんの少しのあいだだけ、こうして過ごしている。ちょっとだけど、穏やかで贅沢な時間。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る