###31 神秘の龍

 

「ここですね」

「なにか居る、間違いなく」

「では明かり持ちのハクくんミドリくんが先導してくれ」

「オバケじゃないといいけど……」


 おや、ミースさんはホラー苦手ですか?

 分かりますよ。私もあまり得意ではないからね。



 虹の散歩道を進み、何かありそうな洞穴に入っていく私たち。ハクさんの聖剣と私の光輪が明かり代わりにされていた。



「――伏せて!」


 ハクさんの号令で私以外の3人は伏せた。

 直後、大きな火の魔術が飛んできた。



「【吸魔】」



 それを吸収して剣を前方に向けたままにしておく。こんな洞窟であんな魔術を放たれたら出入口が塞がってしまうからね。


 前方には武装した人の集団が潜んでいる。

 一瞬顔を見せていたし、気配的にも人間だ。

 それにしても、やはりここの人達は強いな。

 普通の村人でも地上の冒険者と同じかそれ以上は強い。いや、この集団が特別な可能性もあるが、平均的にレベル帯が高いと見ていいはずだ。


 とりあえず話し合いがしたいので、私はゆっくりと3号を地面に突き刺して両手を上げた。後ろの3人も立ち上がって武器を地面に下ろしてくれた。



「こちらには敵意も害意もありません。少し、貴方達の上役……指導者と話がしたいのです」



 私のその言葉に、集団で話し合い、1人の男がこちらに近付いてきた。

 ……チラッと時刻を確認したが、儀式の時間も近いのでさっさと終わらせたいところだ。



「私が指導者だ。見たところ冒険者のようだがここにどのようなご用向きかな?」


「失礼、少し語弊と誤解がありましたね。用があるのは1番上のです」



 ここに人がいた時点でおおかた事情は察せられた。ハクさん達にあらかじめ確認していたが、この山やあの村付近に他の居住地区は存在しない。

 せいぜいが見逃されている山賊くらいだと。

 しかし、彼らは明らかに軍事的訓練を受けた人間の動きだった。統率されすぎているのだ。


 ――生贄を捧げるという手順を踏む理由までは不明だが、人を正式に戸籍から削除し、力を蓄えているのだ。おそらく叛意。

 ここにいる人間にはその覚悟を決めた顔をしていた。そしてそんな人間をまとめあげ、ソフィ・アンシルを相手にしようと思えるほどの実力を持っている存在がここの1番上、村人の言う“神秘の神”とやらなのだ。



 〈下がれ、こやつらはヤツの手駒ではないだろう。逆に――同志とも呼べるかもしれない〉



「龍、ですか」


 真っ白で巨大な龍がどこからか出現した。

 なるほど、これは確かに神秘だ。



賢者ソフィ・アンシルによって彼らの王を支配された龍だとは聞いていたけど、まさか反逆の意思がある者もいたのね」



 へー、そんなことになっているんだ。

 ハクさんの補足で私は納得した。地上にいる竜しかり、強い種族はプライドが高い。ソフィ・アンシルの支配に不満をもつ個体がいても不思議ではない。


 〈接触できたのは僥倖だ〉


「あんなにジロジロ見てきておいて一言くらい謝罪はないんですか?」



 観察するような鬱陶しい視線を向けておいて話を進める龍にムッとして私は不満をぶちまけた。手を組むのならあらかじめ不満は溜め込まないほうがいいからね。


 〈視線? なんのことだ? 我は汝らを見たのは今が初めてだが――〉


 では村に入る前に感じた視線は……ッ!

 視界が真っ赤に染まった。【天眼】先生、今日はよく仕事してくれるね。



「【理想を描く剣イデアヴルツァ】!」



 背後から来る“攻撃”そのものを斬る斬撃を放った。視界が元に戻り……再度真っ赤に染まった。

 時間差でもう一撃仕込んでいたのか。

 流石に二度目はクールタイムの問題でどうもできない。

 急いでハクさんとミースさんを両脇に抱える。


「上へ! 【超過負荷オーバードライブ】! 【飛翔】!」

「【形態変化】ジェットモード!」


 〈何――〉



 エネルギーのドリルを作り出し、強引に道を作りながらできるだけ上へ飛んだ。私の後ろをパナセアさんがついてくる。

 話していた龍も反応して逃げようとしたが遅かったようだ。



 ――パシュンと軽快な音の後、山が消し飛んでいた。


 ゆっくりとこちらに飛んでくる人影が一つ。



「貴方は――!」

「知り合い?」

「私も知らないが誰だい?」

「すごい格好……」


「そんな大した関係ではありませんよ」




 機械仕掛けのラバースーツに手甲剣、拳銃……間違いない。公国で悪い意味でお世話になったソフィ・アンシルの部下の【魔弾】使いである。

 今回はVRのヘッドセットのようなものをつけている。あれが彼女のガチ装備なのだろうか。

 赤紫色の髪が真っ直ぐ伸び、毛先でピンとあちこちへ拡散している謎の髪型だ。あの時はしっかり見ていなかったがなかなか癖の強そうな人である。



「追跡して正解だった。わざわざ“神秘”によって秘されていた反逆者共を炙り出してくれるとはな」


「チッ……利用されましたか」

「わ、ミドリくんの舌打ちなんてレアだね」

「賢者の部下かしら」

「【聖剣解放】」



「ここで全員蜂の巣にしてもいいが所詮異界人だから殺しても無駄か。反逆者の発見もあるし見逃してやろう」


「こっちは見逃す気なんてさらさらありませんけどね」

「【速――」

「【限――」


「腕だけ撃っておこう」


 その言葉と同時に、ミースさん以外の両腕と全ての【超過負荷オーバードライブ】の剣が吹き飛んだ。

 私の【超過負荷オーバードライブ】による攻撃よりも、パナセアの【速射】よりも、ハクさんの【限界突破】の強化よりも先に敵の銃弾が走ったのだ。【天眼】が反応できない、未来の予測線すら追いつけない速度だとでもいうのか。


「聖女もいるようだし治せるだろう。では、次は世界の終わりに会おう。全員が揃っているかは分からないがな」


 そう言って彼女は流星のように一瞬でどこかへ飛び去っていった。



 あ、私の腕が無くなってハクさんとミースさんが地面とごっつんこしそうになっていたので、色神の神能を使ってクッション代わりにしてあげた。といってもハクさんは自分で着地できていたけどね。


「まあ何はともあれ村の問題自体が消えて無くなりましたね」

「そうだね。祭壇に関しては私が回収しておいて心象の良さそうなミースくんあたりから村人への事情説明をしてもらえば一件落着かな」


「…………ええ」

「……そう、ですね」



 助けられなかったことを引きずっているようで渋い顔をしている2人。これでは私とパナセアさんが薄情者みたいに映りそうだが、村人に思い入れもないし死んでいたはずだった人間が正しく居なくなったところでどうこう思うほど繊細にできちゃいないだけだ。


 そういう持っていて苦しいだけの優しさは、勇者や聖女なんて呼ばれている彼女らくらいが持っていればいい。すべてを救えるほど私の手のひらは広くないとよく知っているから。


「行きましょう」


 ミースさんに腕をくっつけてもらいながら、村へ戻っていった。


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