#人魚姫とかくれんぼ#




 ミドリ達と離れ離れになってから二日が経つ。その間、サイレンはどうにか帰ろうと、姫に現実世界の遊びを教えて満足させようとしていた。



「もーいいかーい」



 サイレンの声に対して返ってきたのは静寂。

 準備はできたようだと確信し、かくれんぼの鬼役として動き始める。


 二人がかくれんぼをやっているのは、人魚や普通の魚すらほとんど居ない、魔の三角水域バミューダトライアングルと呼ばれる場所だ。不穏な地名とは裏腹に、揺れる波の優しい音が辺り一面を包んでいる。



「あー、ここか!」


 サイレンはこの静けさに不気味さを覚えながら、岩をどかし、水草を掻き分けて姫を探す。しかし余程隠れるのが上手なのか、一向に見つかる気配がない。



「……今なら抜け出せるじゃん」



 突然我に返ったように動きを止める。自分の間抜けさにしばらく呆れ、反省している。

 そして静かに浮上しようとするが、寸前で踏みとどまった。



「かくれんぼで放置は人として無理でしょ……はぁ……」



 良心の呵責がサイレンを引き止めたようだ。



「我ながらくそ真面目だなぁ……」



 この二日間、サイレンは数回同じような機会を逃して律儀に遊びに付き合っているのだ。自虐が混じるのも当然のこと。



「え? あっ、どうもこんちには」


 〈……む?〉



 岩陰で寝そべっていた人魚の姿のおじいさんと遭遇する。

 サイレンは、本当に「む?」なんて言う人いるんだ、と心底くだらないことを考えながら無視しようとしたが――



 〈ああ、新たな婿だったか。……何故知っているかといった顔だな。先日ムーカ嬢から聞いたのだ〉


「えーと、失礼ですが、あなたは一体……?」




 〈海神、ポセイドンだ〉


「かいじん? 怪人?」





 〈海の神、ポセイドンだ〉



「……ですよねー」



 サイレンは日本人、そして年頃の男子だ。“ポセイドン”と聞いて分からないはずがない。ただ、神なんて突拍子もない言葉を脳が受け付けられなかったのだ。



 〈このような辺鄙へんぴな場所で何をしている?〉


「かくれんぼという遊びを、ムーカ様としているんですよ。どこかに隠れているのでぼくが探しているんです」



 〈船に乗るのもいいのか。なかなか難しい遊びをしているのだな〉


「え、船?」



 適当に流して去ろうとしていたサイレンも、思わず目をむいてしまう。



「船に乗ってるんですか!? というか、どうやって気付いたんですか!」


 グイッと身を寄せて深掘りを要求した。対するポセイドンは焦っている様子を不思議そうに首を傾げる。



 〈あそこの王族の位置は繋がりで把握できるならだが……何かまずかったか?〉


「いや、そういうわけじゃなくて――」



 そこで言葉を止めて、考え込む。


 そもそも姫は水中なら船なんかよりずっと速い。見つからずに移動するというならば乗るのもありだが、あくまでも遊び全開のかくれんぼにそこまでするだろうか。


 そんな疑問を抱く。そして、一つの可能性が脳裏をぎる。



「まさか、誘拐?」


 〈?〉



「すみません! もう行きます!」



 大急ぎで脇目も振らず泳ぎ出す。この数日で上達したバタフライ泳法でぐんぐん進んでいく。



 〈……また来るといい。素質は十二分にあるだから〉



 小さな呟きを拾う存在は、この魔の三角水域バミューダトライアングルでは一つたりとも居ない。




 連合国に、嵐が近づいていた――

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