#71 【AWO】蹂躙と書いて八つ当たりと読みます【ミドリ】



「……」



 日をまたいだのに――いや、またいだからこそ、イライラやモヤモヤがまない。今か今かとログインしては苦しみ、またログインしては……と繰り返している。

 おかげですっかり朝になってしまった。



 痛みに耐えれる極短い時間で把握している限り、タラッタちゃんとマナさんは無事だったらしい。タラッタちゃんはもう元気みたいだ。


 ただ、マナさんは魔力がスカスカになっていて寝込んでいるらしい。


 シフさんだけではなくパナセアさんも言っていたから無事なのは確かなんだろうけど、自分の目で確認しないと。



 音の無い自室でログイン。




「動け……る。痛みもない」



 自分の体がまともに動くのを確かめ、ベットから飛び起きて走る。およそ一日ぶりに足を使うで多少ふらつくが、お構いなしにドアを蹴破る勢いで廊下に出る。



「ミドリくん、動けるようになったのか」

「ええ。でもそんなことよりマナさんの部屋まで案内してくれません?」



「あ、ああ。無事だから急ぐ必要はないのだが……」

「早くしてください」



 今はあまり優しい受け答えできる余裕はない。一刻も早くマナさんに会いたい。その一心だ。



「分かった分かった。こっちだよ」

「どうも」



 私のイライラが伝わったのか、走って案内してくれる。

 しかし、結構距離がある。ここは大使館というのもあってそこそこ広いのが面倒だ。壁ぶち抜いて直線で進みたい。



「あの部屋にいるから」

「案内ありがとうございます」



 パナセアさんは、目的地だけ指し示して立ち止まった。二人にさせてくれるようだ。自由人気質な彼女に気を遣わせてしまう程、今の私は酷いだろうか?



「……入ります」



 ちゃんとノックをして、ゆっくり静かに扉を開ける。




「……ッ!」



 部屋の中には、大きなベットに横たわっているマナさんが居た。その姿はどこか儚く、いつもの寝姿より苦しそうだ。


 扉を閉めて、マナさんに近づく。



「息はちゃんとしてる。生きてる」



 今にも消えてしまいそうな存在の――マナさんの小さな手を両の手で握る。優しく、安心させるように包み込む。


 普段ならニギニギでもしていたけど、それは私が嬉しいだけだから今はしない。



「よ゛がっ……だぁ」



 目尻が濡れているのを認識しつつ、吐息混じりの安堵の声が漏れる。


 一日、もしかしたら半日、マナさんの安否が人づてでしか分からなかったのだ。心配で心配で仕方がなかった。言葉通り夜も寝れなかった。



 おでこに口づけをし、手を――



「いぉいひゃぁあぃうひぃ〜」



 可愛らしい寝言だ。マナさん専門寝言通訳耳によると……“ミドリさん大好き〜”だ。そうであってほしい。


 私が来たからこそ、多少マシになってると勘違いしてしまう。罪深い子だ。


 起こさないようにそっと手を離す。



「で、何か用ですか? ……シフさん」

「おやおや、バレてしまったかー☆ 結構得意だったんだけど☆」



「無駄口叩くなら追い出しますよ」

「おー、怖い怖い☆」



 相も変わらず人をイラつかせるのが上手な人だ。気が立っているのもあるかもしれないが、こうも簡単に殺意が湧くとは。あるいは、私もこの世界に染まってきたのかもしれない。



「要件なんだけど――そこそこの数の急進派が蜂起してねぇ☆」


「行ってこいと?」



「察しが良くて助かるよ☆」

「八鏡も居ますか?」



 急進派の八鏡は三人、その内の二人は既に撃破済みだ。このタイミングならその人の行動は二択に絞れる。


 最後まで足掻くか、逃げるか。



 逃げる方法は色々あるだろう。その所属国自体が急進派の場合、連合国から独立したり、その人だけの場合は亡命したり。




「んー☆ 迷うなー☆」


「は?」



 試すような視線でこちらをおちょくってきたので、イライラで握っていたこぶしが強まってしまった。今すぐにでもその顔を殴ってやりたい。



「……仕方ないか☆ 君の尊い献身に敬意を示して、教えちゃおうかな☆」


「言いたいことはもったいぶらずに言ってくれません? 献身なんてした覚えありませんよ」




「破壊神の刻印」


「?」



 その単語を口にしたシフさんの表情は真剣なものだった。


 初めて聞くが、仰々ぎょうぎょうしい字面だ。




「気付いていなかったんだね☆ 自分の左胸の辺りを見てみるといいよ☆」


「左胸? …………なにこれ」



 言われた通り服の中を覗き込むと、そこには紫と黒の紋様が刻まれていた。



「破壊神の刻印、わたしもで見るのは初めてだけど――面白いね☆」


「貴方がどう思おうが知りません。どういうものなのか聞いてるんです」



生憎あいにくわたしも全知全能じゃないから大して知らないよ☆ 知ってるのは破壊神のマーキングってことだけ」



 破壊神、ね。

 昨日の【不退転の覚悟】によるあの力が原因なんだろうか。そもそも問題のスキルがどういう仕組みなのかいまいち掴めない。何故私には無いスキルを使えるのか、逆に使えなくなるのもあるのか。


 アナウンスにあった“可能性”とは何なのか。


 考えることは多いが、今は要件を聞くのが先決。どうして話が逸れたのかも忘れてしまった。



「もういいです。話を戻してください」

「OK☆ 残りの八鏡は人魚姫を捕まえて、公国に逃げようとしてるよ☆ そして君たちの黒一点が助けに駆けつけてる☆」



「黒一点っていうのは、サイレンさんのことですか?」

「勿論さ☆ いかにも物語の主人公だよね☆」



 サイレンさんの影の濃さは置いといて、トゥリさんの情報を信じていいのであれば、その八鏡は商人だ。他国とのコネもあってもおかしくない。



「ちなみにさっき蜂起したと言っていたのと同じ話ですか?」

「まさか☆ 彼は商人だから頭は回るからねー☆ むざむざ負け戦に参加はしないし、残っても立場が悪くなるのは明白だからね☆」



「私はそっちの詰めに行きます。蜂起した方は大丈夫なんですよね?」



 本当にまずい状況ならこんなに悠長に話すはずがない。何か手は打ってあるのだろう。


 ……この人のことだから普通に遊びそうだ。

 何ならどっちでもおかしくない。



 シフさんが答える前に、扉が開いた。



「話は聞かせてもらいました」

「す、すみません……」

「いえーいー」



「……」



 気まずいと思っているのは私だけなのかな?

 真剣な殺し合いをしたばかりなんだけど。



「いやー、すまないね。どうしてもって言うから」



 遅れてパナセアさんが言い訳しながら入ってくる。この人もあまり気にしていない様子だ。私だけじゃん。



「はぁ……」



 私がため息をつくと、シフさんとスイちゃん以外がビクッとする。怒ったように見えたのだろうか。



「怒ってませんよ。気にしていた私がバカみたいだと思っただけです」



 そう言うとトゥリさんとクリスさんがホッと息をつく。まだ、言い終わってないのに。



「三人が良い感じに更生したのは良いと思いますよ。めでたしめでたし」


「貴殿のおかげです。ありがとうございました」

「ありがとうございますぅ……」




「でも、それはそれ。現在進行形でマナさんが寝込んでいますし、私はゆるしません」


「っ……申し訳ございません」

「ご、ごめんなさいぃ」



 扉の前で謝る二人を無視して、廊下に足を運ぶ。そして、背中越しに言いたいことを全て並べる。



「たとえマナさんが赦しても、私は絶対に赦しません。恨み続けます。今この場で手が出ていないことの方が不思議なぐらいですよ」



 そこで区切って、一度立ち止まる。後ろから暗くて重い雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。



 決して振り向くことはしないが、ちゃんと補足はする。




「いくら反省しようが、やったことに変わりはありません。貴方たちは、私からしたらゴミクズのカス以下でぐちゃぐちゃにしてしまいたいのも変わりません。そこは譲りません。でも――」



 メニューから配信の準備を始める。



「私は天使……いえ、それ以前に人の心はありますから、情状酌量の余地もあります。簡単なことです。行動で示しなさい。私の、人々の役に立ちなさい」



 善行による自己満足。それは身勝手に、罪悪感の消失をもたらす。


 私は一度犯した過ちを赦せる度量は持ち合わせていないから、せめてもの優しさだ。妥協点を探すのなんて無駄。私は、それをよく分かっているのだ。


 加害者は何も考えずに日常に戻るが、被害者は延々と引きずる。人生に干渉された側だけがいつだって損をする。



「行きましょう」



 だからこそ、私はやり返さない。遺恨を残してしまってはこの人たちは苦しむ。そういう優しさは持っている人種だから。


 私は親しくなった人にとっての加害者にはなりたくない。



 コソコソと配信開始の挨拶をする。



「おはようございます。かなり不機嫌ですミドリです」




 ――ああ、本当によかった



「今日は色々ありまして一人ですが、ちょっと本気で戦闘しますので苦手な人はご注意を」







 ――八つ当たり先壊せる玩具があって






 左胸が薄く発光したような錯覚を覚えた。

 妙な違和感を抱いて、戦場に向かう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る