#警笛途上#
八鏡の急進派にしてルーガ商会会長、ルーガ・リオートの邸宅。そこには伝統のある水門がある。否、水門の
水門の上は居を構えられるだけあって橋のように渡ることもできる。一方は議会方面、もう一方は公国方面である。
そんな由緒ある水門の下から、一人の少年が密かに侵入していた。
「はぁはぁ……螺旋階段とかやめてよ。ほんと」
サイレンは若干弱音を吐きながらも、何も無い通路を極力見張りに見つからないように工夫して突破してきた。ときには天井をつたったり、またあるときには不意打ちで気絶させたり、仕方なく正面から倒したり。
「ふぬぅ!」
目の前の重々しい扉をこじ開ける。
中に入って辺りを見渡すと、残酷な世界が広がっていた。
「どういうこと……?」
ボロボロの薄い布切れを着せられた様々な種族、希少な魔物。
サイレンはまだ高校生だ。そして何より日本人だ。こういった場所は、こういった薄汚れた部分に触れる機会はまず無いだろう。人間だけではないから余計混乱している。
「とりあえずムーカさん探さないと」
困惑を振り切って再び駆け出す。
手当り次第ドアというドアを開けて中を探すが、人魚の種族自体そもそも見つからない。
「こうなったら仕方ないか。女神ヘカテーよ、我が
天井目掛けて魔術が展開。音の衝撃波天井を突き抜けていく。そして、サイレンは空いた穴によじ登って上の階に行く。
派手な動きのせいで建物の中が騒がしくなっきた。サイレンは物陰に潜みながら、動いている人達の位置を確認する。
出発地点の人数が多い方に人魚姫という希少な存在が捕らえられていると推測し、こそこそと移動して大きな広間にたどり着いた。
「サイレン様!」
「ムーカさん!」
檻に閉じ込められているムーカ姫とサイレンがお互いの名を呼ぶ。その様は物語に出てくるような、姫を救いに来た勇者の図だ。
「チミが侵入者じょ?」
「そうだけど……あんたが親玉ってことで良さそうだね」
檻の横の豪華な椅子に鎮座している、禿げた中年の男が話しかける。
男は様々な装飾品を身にまとっており、もはや装飾品を着ていると言っても過言ではないほどの量だ。
「チミみたいなガキンチョが来る場所じゃあないのだじょ! ボクっちを誰と思ってるじょ! 八鏡のルーガ・リオートだじょ」
「うわー、真剣に関わりたくない系の人だ……一応名乗るとサイレンです」
独特な口調にサイレンがドン引きしていると、ルーガは手の指に嵌めている指輪をサイレンに向ける。
「くらえじょ!」
「その語尾の付け方はおかしいでしょ」
サイレンは呑気にツッコミを入れているが、指輪から色んな属性の球体が現れる。そして、一斉に射出されてサイレンに襲いかかる。
「そぉい!」
ストレージから槍を取り出しながら、球体の隙間をくぐって抜ける。
「甘い甘い。もっと視界全部を埋め尽くさなきゃ当たらんのよ」
「ならこれで、じょっ!」
今度は腕輪から魔法の矢が出現し、射出される。
「くうぉおおおっと、危なっ」
何とか飛び込んで回避して檻の前に辿り着いた。槍でシャシャっと檻を切断してムーカ姫を解放する。
「さてさて、逃げようか」
「何を言ってるのかしら。やられたのだから相応の報いを受けてもらうのは当然でしょう?」
「えぇ……それでもお姫様?」
「随分と失礼言ってくれますのね。仲良くなれたと捉えていいのかしら?」
「友達として、ならね」
「あら残念」
「はぁ、これは使いたくなかったじょ。こうなったらさっさと潰してずらかるじょ!」
軽口を叩く二人を無視して何かのスイッチを押すルーガ。大きな揺れとともに吹き抜けの窓に映ったのは――
「え? ロボット?」
「なんですの?」
「ぴえぴえっぴえっぴえっ! これはうちの国の兵器じょ。ボクっちが買い上げてやったんだじょ!」
そう言って意気揚々と巨大ロボットに乗り込んでいく。窓から操縦席に乗ったルーガは、『オートモード』と書かれたボタンを押した。
『対象、付近の建築物及び生物』『A07当機、自動排除行動を開始します』
巨大ロボットの目が赤く光り、伸びをするように大きく動き始めた。そのまま両腕を邸宅二振り下ろす。
一瞬で水門の中心付近は崩れ、水の中へと
二人は瓦礫をかき分け、揃って手のひらをロボットに向ける。
「「〖サウンドノック〗」」
音の魔術がロボットに直撃し――
「やったわ!」
「それはフラグ回収秒読みなんよ」
煙が晴れる。
サイレンの懸命な逆フラグは叶わず、無傷のロボットは次の攻撃のために腕を振りかぶっていた。
「まだサイレン様と作りたい思い出が沢山ありますわ。絶対に死ねませんのよ!」
「それは……もういいや。ここで死なれたらぼくの責任になりかねないし、絶対死なせない」
「プロポーズは静かな場所がいいですわ」
「してないし今は生きることに集中して。とにかく相手の動きを見て回避、弱点を探すためにあちこち散らばって攻撃してみる。いいね?」
「もちろんですわ! 相手が水に足をつけた状態で負けるわけありませんのよ!」
「頼もしいなー」
適当に返しながら、サイレンは思考を張り巡らせる。
この状況はおそらくジリ貧になっていく。自分が先にやられる可能性が高いからそうなったら彼女は性格的に仇討ちとして逃げなくなる。
短期決戦の安全策を模索し、一つの結論に行き着く。
「ぬぬぬぬぬ!」
瓦礫の山の上を走り回りながら、妄想の海へ飛び込む。危険極まりない行動だが、突破口は現状これしかない。
「ふんぬぬぬぬぬぅ!」
理想の人を思い浮かべる。そして理想のシチュエーションをシミュレート。のんびり街中をデートする風景、動物園を回る景色、遊園地で遊び尽くす情景。
そして触れ合う二人の手……と、目一杯の妄想を繰り広げる。
しかし、そこに並んでいる相手は不確かで、何故かハッキリとしない。
サイレンがこんなことをしているのは、王国の貴族、リヴェレルに教わった【愛の芽】を咲かせるためだ。やり方は詳しく聞いていないようだが、直感で行っているのである。
「ダメか……」
「サイレン様危な――」
「え」
意識が逸れて、完全にロボットの攻撃範囲に入ってしまっていた。
巨腕が、振り下ろされる。
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