#一人から二人への三叉槍#



 ――カタンッと石の置かれる音が、密室で響く。



「ふむ」

「お、手が止まったな。苦しいか?」



 お互いが礼服、だがそこはある種の戦の場。精神攻撃など定石の一つだ。



「分身が意外なことを聞いただけだよ☆ だから、こう☆」



 止まった手は難なく動いた。

 余裕の戻ったシフは、ボードゲームの対戦相手を改めて見る。



「な、バカな! そんな手があるのか。……分身が何だって?」



 連合国の猛者、八鏡の一角に数えられる男。海底王国第一王子のエウトン・カロ・メガロスだ。

 傍らに立て掛けてある三叉槍トライデントを弄りながら、返す手を模索していたが、聞き慣れないワードに反応する。



「君には関係の無いことだよ☆ 別件なら関係はあるけどね☆」

「ほう?」



 シフの申し立てによって実施されたエウトンとの会談は、「折角だしボードゲームでもしようよ☆」という誘いから数時間の長丁場と化していた。



「君の妹さん、どんな子だい?」

「聞きたいか! そうだな。やはり少しわがままな部分もあるが、たまに甘えてくる可愛い妹なんだ。何でもこなす器用さ、そして圧倒的な速さ。完璧な妹だ!」




 シフの脳裏に“シスコン”の文字がぎる。言葉で言っても通じないのは分かっていたので飲み込んで相槌を打つ。



「最初は適当にマシなやつを婿にあてがったんだが、人間の男を連れてきて……うぅ」

「まあ、恋ぐらいするさ☆ 彼がそれに応じるかは別としてね☆」


「そういえば、あの人間はそっちのやつだったな」

「まぁね☆ 彼は――」



 そこでエウトンが石を動かした。

 その手は一見良い手に見えるが、シフからしては悪手だ。



「――これで、詰みだよ☆」

「う、嘘だろ!?」



 何とかなる手は無いか必死に探る敗者に見向きもせず、シフは大きな窓から外を眺める。



「残念☆ 結構粘ったんだけどねー☆ どっちも駄目か……☆」

「くそ、どこで間違えたんだ?」



 シフの最後の呟きまでは聞き取れず、今のゲームの話と勘違いしたエウトンは一人で感想戦に入る。


 シフは軽く目頭を押してから立ち上がる。



「仕方ないか☆ 彼が無理なら天使の方に……いや、それでも足りない。完全な――」



「ぬぬぬぅ」



 頭脳戦は既に幕を引いたにもかかわらず、両者頭をひねる。




「…………はぁ、覚悟しないとね☆ さて、王子様に悲報だよ☆」


「ん?」



 シフは思考を今の状況に引き戻して、今回の後片付けを始める。


 シフが始めた賭け。

 ――の賭けの二つ。



「君の妹が八鏡の商人に連れ去られてるよ☆ 今絶賛バトル中で、ピンチだけどね☆」

「あ゛?」



 瞬間、空気がピリつく。

 その威圧感は八鏡の中でもトップクラスの、トゥリと同格を張れるほどのものだ。

 常人では下手したら失神もおかしくないほど。



 しかし、シフには効かない。

 が違うのだ。


 生まれや種族、特性もそうだがそれ以上に、彼のご主人と比べては天と地の差。あるいはミジンコとドラゴンの差。


 動じるはずがない。




「商人の家でバチバチやってるから、今から行っても間に合わない☆ どうする?」


「ルーガのハゲだな?」



「そうだよー☆」

「そうか。こい」



 その一言で、立て掛けてあった三叉槍トライデントが手元に飛び込む。


 それを強く握り、大きく振りかぶる。



「死ねやァ! くそハゲェェ!!」



 三叉槍トライデントは窓を叩き割り、そのまま朝の空を駆けてゆく。


 国を横断するほうき星は鋭く向かい風を切り裂いていく。



「あんた、なんで言わなかったんだ?」


「別に君の妹は死なないからだよ☆ 今はただの優しさで教えてあげただけ☆」



 シフが堂々と嘘を吐く。

 人魚姫と言えど、捕まっていては為す術なく殺されることもある。あの場にサイレンが来なければ財産として公国に連れて行かれていただろう。


 エウトンが短気なのは知っていたので、嘘で誤魔化しているのだ。




「まあ、それはいいや。……あんたは本当に人間か?」


「なかなか愉快な質問だね☆ 種族差別はんた〜いと茶化しておこうかな☆」



 目の前の男の気味の悪さを、今更実感させられたエウトンであった――




 ◇ ◇ ◇ ◇




 サイレンの視界にその巨腕が映った同時に、何かが空でキラめく。


 そして巨腕を貫き、サイレンの頬を掠めていった。



「うわっ!? ……何あれ」



 自分のピンチを救ってくれた物を見てみる。

 先端が三つに枝分かれした槍。

 それは海のように蒼く輝いている。



 三叉槍トライデントは、ミドリに披露したような戻る効果は発動しない。

 エウトンがわざと妹に使わせるようにしたのだ。



「サイレン様! それは――!」


「うん?」



 見た目から漂う強武器感に釣られて、三叉槍トライデントを握る。




「それは王家に代々――あれ?」

「何?」



「いえ、本来それを握れる者は王家だけのはずなのですわ。もしや海神様の……?」

「よく分からんけど、今はあれを倒そうよ」



 巨大なロボットは、攻撃範囲を広めるためか飛び跳ねる。踏みつけて潰すつもりの行動だ。



「サイレン様、共に投げましょう!」

「使い方は任せるよ」




 ロボットの影の下、二人は手を重ねて強く握る。



「『大いなる海よ、深き海よ、母なる海よ』――」

「かっこよ」



 サイレンが早口の詠唱を聞いて小学生並みの感想をボロっとこぼす。

 しかし、決して三叉槍トライデントを握る手は緩めない。



「『産み生みし生命の源流を、今、この手に』【神器解放:大海之蒼歯トライデント・ネオン】!」



 刹那せつな三叉槍トライデントを中心に透き通る蒼が噴き出す。

 水のような滑らかな力の奔流ほんりゅうは二人を美しく儚く染め上げた。



「行きますわよ!」

「了解!」



 お互い倒すべき敵だけを見据え、構える。



「「せーのっ!」」



「はあああああぁあぁああ!」

「どりゃあああああぁぁ!!」



 この国の象徴の“水”が尾を引いて、渦巻きながら突き進む。


 その強大かつ神話的な攻撃は、静かに敵を穿った。


 巨大ロボットを貫き、余波で粉々にする。あまりにも一方的で圧倒的な光景がそこにはあった。



「うおっ、力が」

「きゃっ」



 現在の二人では【神器解放】の反動、しばらくの脱力の影響をモロに受ける。


 二人仲良くパタリと倒れ込んでしまう。

 偶然、あるいは運命か、先に倒れ込んだサイレンがムーカ姫を受け止める形となった。



「だ、大胆過ぎますわ……!」

「動けないんだから誤解を招く言い方はやめんさい」




 この空気を邪魔をする者は誰一人としていない。

 動けるようになるまで、二人で軽口を言い合って羞恥心を誤魔化すのであった。






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