##33 観光したい、気持ち。

 



「ここ! ハコ姉の職場!」


「宿屋〈胡蝶蘭〉……いやここ、私の探してた所じゃないですか!」




 まさかまさかの目的地が同じ展開。

 鈴白さんこそ女神様だったのか……! これからはフェアさんを捨てて鈴白教に入ります。足も舐めます。



 鈴白さんは従業員出入口へトコトコと走っていく。私はその姿を眺めながらしばらく待つことにした。




「――ごめん! ハコ姉お仕事中だから遊べないって!」


「あら残念です。またの機会にしましょうかね」



「そうだね! じゃあ私帰らないと! バイバーイ!」


「送っていきますよ」



「いいのいいの。ここにお泊まりするんでしょ? 私の家はそんなに遠くないから大丈夫! バイバーイ!」


「えっちょっと……」



 問答無用とばかりに走り去ってしまった。

 宿の前で困惑している私の耳に、聞き慣れた声が入ってくる。




「ミドリはん!」

「おや、探しに行こうと思っていたがよく辿り着けたね」



 ちょうど私を探しに行こうとしていたようだ。他の面々は宿の中だろうか。


 しかし、これは私の汚名返上のチャンス。



「まあ私も成長してるってことですよ。いつまでも迷子のミドリだと思わないことです」



[壁::堂々と嘘つくやん]

[あ::成長ねぇ]

[唐揚げ::よくもまあ、いけしゃあしゃあと]

[ヲタクの友::この世の悪事全てに手を染めてそう]

[セナ::成長、出来るといいですね……]



 視聴者の皆さんは子供の頃に、罪悪感を抱いたら負けだと教わらなかったようだ。もちろん私も教わっていない。

 でも、罪悪感は何となく負けた気がするから絶対抱かないと決めているのだ。



「まあ何にせよ、着物に着替えるで〜」


「了解です! 着物ワクワク!」



 はっ――いかん。鈴白さんのテンションに引っ張られていた。いつもクールビューティな私に戻らないと。


 高まる気持ちを鎮めながら、私は着物を着に向かう。配信のカメラはちゃんと廊下に固定させてミュートにもしておこう。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「和ああぁぁ!!」



「ミドリはんが壊れてもうた」



 着物なんて七五三ぶりくらいなのだ。今くらい私も和に自分をゆだねても文句は言われまい。少しテンションが高くなったが、ここからはみやびなミドリがお送りしていこうと思う。


 ……冗談はこの辺にしておいて、カメラを戻す作業に入る。着物といっても平安貴族のような煌びやかなものではなく、江戸時代にふさわしい庶民風の質素な物なのだから雅もくそも無い。

 大事なのは雰囲気に溶け込むことだ。



「コホンッ……超地元級観光客ですどうも」


「切り替えはや。プロかいな」



[王族芋::ほかで絶対聞かない単語出た]

[ふええぇ::ほんとなんでも似合うなぁ]

[紅の園::かわいい]

[ポテトになりたかった何か::みんな馴染んでる]

[ベルルル::いい!]




 似合ってるかはともかく、これで気兼ねなく観光できる。まずは予定通り、ここに詳しいらしいエスタさんに案内されてのんびりしていこう。魔女は何でも知ってるとか言ってたし安心できる〜。



「さてと、みんな準備バッチリですね。行きましょう!」



 全員が着替え終わったのを確認して元気に観光へ移行する。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 お城眺めや町をぶらりと歩き回って、ざっとここの雰囲気を肌で感じ終え、夕方になった。

 今は旅館で夕食を平らげたところである。当然、配信も終了して完全なるプライベートを食事の間で執り行っている。



「ごちそうさまでした。しかし、最の高ですねー。こんな美味しいものが魔王国の血税で奢りだから尚のこと美味しく感じます……」


「なんちゅう言い方や……でもわかる」



 コガネさんも同じ気持ちなようだ。人のおごりで食う焼肉は美味いとかよく言うからごく一般的な意見なのだろう。言葉にこそ出していないけど、この場にいる全員同じ気持ちだと思う。



「くかー」

「どらごん……」



 一部ドカ食い気絶部の竜組を除いて。

 食べ放題でも頼んでいるのかと錯覚するほどおかわりしていたから、この様を見ると可愛く見える。食事中の竜はみんな怖すぎるぐらいかけこむのだろうか?



「ごちそうさん。じゃあ、今日は歩き疲れたし先に寝るとするよ」


「はーい。おやすみなさい」

「お風呂はええの?」

「コガネくんの言う通りだ。せっかく温泉があるのだから入ったらどうだい?」



「明日入るとするよ。今日は疲れたから、適当に魔法で体を綺麗にするだけで十分さ」



 エスタさんはそう言って眠りこけているウイスタリアさんを抱きかかえて立ち去る。まるで親子、あるいは祖母と孫の姿そのものだ。



「温泉か。吾輩も興味があるから先に行かせてもらおう」


「いってらしゃーい。温泉は魔王城のお風呂と同じで男女別ですからお好きにどうぞー」


「そうなのか。まあ入ったら寝るから挨拶を――」



「はいはいおやすみなさい」


「あれぇ、何か吾輩だけ雑すぎない?」




 ブツブツと文句を垂れるストラスさんが食事の間から出ていったのを見計らって、コガネさんがイタズラをかける子供のような笑みで私に耳打ちした。



「――ミドリはん、なんかここ混浴もあるんやって」



「混浴って、別に内緒話するほどのことでもないでしょう。中学生じゃあるまいし」


「何だ、てっきり何か敵でも現れたのかと思ったよ。そんなくだらないことだったのか」



 パナセアさんも私と同じ意見らしい。そもそも混浴なんてなんのためにあるのだろう? どちらも大したメリットがあるようには思えないし――強いて挙げるとすれば夫婦のくつろぎが温泉にまで延長できるくらいだろう。



「二人ともそれでも乙女かいな……。もっと恥らってくれてもええで?」


「私は大人のレディなのでそんな混浴ごときに乱されたりしませんよ。まぁ私が混浴に入ると、この魅惑的なボデーで逆に風紀を乱してしまうんですけどね!」


「スラッシュスラッシュスラッシュ」



「あかん。パナセアはんまでボケに回られるとツッコミきれへん」



 まだまだツッコミレベルが足りていないコガネさんはさておき、そろそろ温泉に入りたい。やはり本場の温泉は楽しみだったのだ。



「私たちも温泉行きましょうか」


「ああ、もちろん女湯だがね」



「うん、もうええわ。行こ行こ」




 思春期真っ盛りのコガネさんも観念したようで、揃って温泉へ向かう。



「すみません、温泉ってどっちですかね?」


「はい。温泉はこの通路の突き当たりを右手に行った先にございます。よろしければご案内いたしますが、いかがですか?」



 従業員さんに温泉の場所を尋ねてみると、ご丁寧に案内の提案までしてくれた。気持ちはありがたいが私一人ならともかく、まともな方向感覚を持った人が二人もいれば大丈夫。遠慮させていただく。それにしてもこの人の声、とても透き通っていて耳が幸せだ。



「いえ、そこまでは大丈夫です。ありがとうございましたー」


「かしこまりました。引き続きごゆっくりお楽しみください」



 恭しく一礼して下がっていく従業員さん。私たちはそれを尻目に教えてもらった温泉へのんびり歩いていく。



 やっぱり高級旅館はサービスまで行き届いていて素晴らしい。ここはクチコミで星5をつけたい。


 ……というか今の人、鈴白さんと顔が似てた気がしたなー。あの人が“ハコ姉”という人なのだろうか。しっかりしたお姉さんがいるようで頼もしいね。



「お〜、脱衣所まで広いなぁ!」


「古き良き温泉そのものだね。味わい深い光景だ。スクショスクショっと」



「ほらほら、二人ともはしゃいでないで入りますよ」



 気持ちはよく分かるが、他のお客さんの迷惑になるから抑えてさっさと脱ぐ。待つ必要もないので、体が冷えないうちに浴場に入ってしまう。



「シャワーがある……?」



 いや、これ魔道具か。それでも、なんだか異物感がすごいある。今までも中世風の町にそぐわない魔道具は見かけたけれど、この江戸時代風の和の空間に金属製のシャワーは別格だ。



「ま、気にしてもしょうがない!」



 細かいことは考えずに温泉を満喫するのが一番いい。

 まずはゆっくりとかけ湯をして、次にブラッシングをしてから頭を洗う。

 なぜかシャンプーやトリートメントまで完備されているが、きっと高級旅館だから用意しているのだろう。気にしない気にしない。


 お次は体をしっかり洗って、ようやく入浴。



「ふへぇ〜〜」



 ここが天国かぁ〜。温かなお湯に優しく抱擁され、体に染み込んでいくのを感じる。これはまさしく羊水、ある意味胎内回帰と言っても過言ではない。このまま溺れて溶けて消えたい……


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