##34 夜の探索
――はっ!
「あえ? んぅ、寝て、た? ――温泉の中が気持ちよすぎて寝落ちしたパターンか」
ゲーム内の私、溺死してないといいけど。リスポーン地点にいるかもしれないので確認も兼ねてログインしてみる。
今更ながら、寝てしばらくすると自動でログアウトするシステムは本当に助かる。今回みたいに状況がすぐに理解できるからとても楽なのだ。
「ログインっと――ここは、私の部屋かな?」
旅館のベットで大の字になっていた。今回の宿泊では、常時ニコイチな竜魔女コンビを除いてどらごんですら一部屋ずつ分配されている。そのため、今いる私の部屋も私だけの個室というわけだ。
「あの二人が運んでくれたのかな。またお礼言わないと」
起き上がりながらメニューを開いて時間を確認。
現在は深夜1時。一応寝れたわけだし、今日はこのまま起きていた方がいいかもしれない。
「そうと決まれば――」
夜の町へ繰り出すとしようか!
◇ ◇ ◇ ◇
「るんらっらっ〜♪」
スキップしながら気ままに進む。途中、いかつい人達に襲われそうになって返り討ちにしたこととかもこの気持ちの良い夜風に免じて許せる。
行くあてもなく自由に歩けるのはとても楽しい。
「っと、ここは歓楽街っぽいかも。遊郭ってやつかねー」
遊郭と言えば、今で言うエッチなお店なイメージだ。全然知らないけど、たぶん18禁系のやつだと思う。
「せっかくだし外から見るだけなら合法だよね。通るだけ通るだけ……」
色めいている歓楽街へ、何食わぬ顔で入っていく。頭は動かさずに目だけキョロキョロさせて周囲をよく観察する。
ネオンの光を放つ魔道具の照明で人を引き寄せている店や、ロウソク一つでしっとりとした雰囲気を醸し出している店、多種多様な趣向に合わせた店が並んでいる。
お侍さんの団体が千鳥足で店に入っていくのを眺めながらも、一般通過市民として堂々と歩く。こんな時間、こんな場所に女性が通っているはずもなく、間違いなく目立つはずだが、そんな理性を保っている人間はここにはいない。
「ん?」
しばらく歩いていると、何の変哲もない民家が紛れていた。まるで私のこの状況を示しているかのような異質な色を放っている。
「あら、うちに何かご用かにゃん?」
「貴方は昼間の――」
「ああ、隙だらけだったから剣盗った子にゃんね。すぐ取り返しに来なかったからもう捨てちゃったにゃんよ?」
「捨てたって言いました……?」
昼間にぶつかった猫の獣人は、私の思っていたよりずっと酷い人物だったようだ。しかし、悪意というよりは悪戯心からきている行動にしか見えない。邪悪な悪なんかより気味の悪い、透明で純粋な悪だ。
「まあまあ、そんな怒らないでにゃん。どうせあんな剣じゃすぐに壊れてたし、肝心な時に使えなくなるよりは先に無くなった方がよかったと思うにゃん」
「別に怒ってません。敵意が無い相手に拳を振るような蛮族ではないので」
「そうやって後手に回って、大事なものを取りこぼさないといいにゃんね。あ、今更にゃけど遊郭は自身番も回ってくるからあんまり長居するのはおすすめしないにゃんよ」
「自身番って何ですか?」
言い回し的には補導員みたいなものだろうか。ここの成人年齢は知らないが、こんな深夜に補導されたらどうなるのかは少し気になる。
「自身番は他の国で言うと衛兵とかに当てはまるにゃん。しょっぴかれたら面倒にゃん」
「まるでしょっぴかれたことがあるような言い方ですね。……まあ忠告は素直に受け取りますよ。面倒ですし剣の恨みもこれでチャラにしましょう」
武器は記念に刀でも買えばいい。
お金は割とあるし問題は無いだろう。よく迷子になるから、クランのお金管理係であるパナセアさんから多めに資金はもらっている。いつでも刀の1本くらい買えるはずだ。
「わー♪ よかったにゃん。じゃあ、夜遊びもほどほどにしとくにゃんよー」
「そうしますにゃ――ん゛ん! そうします」
うっかりつられてしまったけど、ギリギリ持ち直すことができた。何となく勝負に勝った気持ちのまま、私は猫の獣人さんと別れて色町からも離れる。
――とりあえず早足で
「適当に溜まってる運営からのメッセージを開封しながら散歩、しかないよねー」
イベントの後からはあの大冒険を理由にさぼってたし、丁度いい機会かもしれない。
メニューを開いて古い順に流し読みしながら歩く。
「配信の収益について……ふむふむ了解了解。こっちは広告撮影依頼…………え、これホントに?」
どうやら公式CMに出演して欲しいらしい。ゲーム内に謎空間を作ってそこで打ち合わせやら撮影を行うようだ。面白そうではあるが、どうしたものか。
私をわざわざ起用しようとしている理由として考えられるのは、私のビジュとそれなりの話題力、拡散力を考慮しての事だろう。妥当かつ賢明な判断だ。感心感心。
日程は結構遠めだけどたぶん大丈夫だと思うし、承諾の返信をしておいてっと。
「これでメッセージは全部かなー」
手持ち無沙汰になってしまった。何も考えずに散歩に、散歩に――――
「いや、ここどこ?」
方向音痴が慣れない土地で散歩なんてするものじゃなかった。なぜ今の今まで気付かなかったのか。大きなため息が誰もいない小道に響く。呼応するように遠くから野太い悲鳴も返ってきた。
……事件の香りがする。
「【スタートダッシュ】【疾走】」
声の出処を目指して突っ走る。
暇人な私にとっては最高の暇つぶしになりそうだ!
◇ ◇ ◇ ◇
進むにつれて雰囲気が殺伐としてきている。正面に見える武家屋敷から血の匂いが漂っている。この距離から分かるほどということは、中は血の海じゃないだろうか。下手に顔を出して冤罪を被らないといいのだけど……
「今更怖気づくのはありえないよね」
一応ストレージに入っていた予備のタオルで顔を覆っておく。
準備万端の私は、横真っ二つに斬られた門番さんの死体を避けて武家屋敷に入る。
入ってすぐに私は顔をしかめた。
血の海に死体の陸地ができあがっているのだ。普通の人間の死体が7割、残りはこの世ならざる存在のものだ。
「おばけ!? おば、お、おばばばばばばば――」
「…………」
私が白目を剥きそうになっていると、橙色の狐のお面をした人が真っ赤な刀を死体の山に突き刺しながらこちらを見ていた。私を確認すると、その人は刀を納め――
「っ!」
居合切りを放った。
辛うじて赤い線が見えたので回避できたが、速度と技は今の私以上なのはよくわかる太刀筋だった。向こうは私を口封じのため殺そうとしていて、こっちは肝心な時に武器が無い。死んでもリスポーンすればいいのだけど、そう易々と死を受け入れるのは癪だ。
「ふっ、いいでしょう。そちらがその気なら私にも考えがあります」
速やかに回れ右をする。
こちらと、伊達に忙しない旅路を進んできていないのだ。逃げ足の速さと持久力には自信しかない。
「【ダッシュ】!」
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