##35 数奇な運命

 


 走って野次馬に向かって、事件現場を見てから犯人に背を向けて逃走。

 我ながら情けないくらいの茶々入れっぷりだ。もはや職人の技と言っていいほど華麗な身の翻しだった。


 そんな振り返りをしつつ、私は後方からの斬撃を躱して逃げている。


「いい加減しつこいですね! 私はここがどこなのか、帰り道もどこなのか分からない惨めな旅人ですよ。見逃してくれませんかね」


「……」



 お喋りはしてくれないようだ。

 骨格的に女性なのは見ればわかるが、斬撃のすべてが命をかけて放っているかのように重く空気を切っている。当たったら間違いなく真っ二つだ。ジャパニーズサムライはみんなこんなに強いのだろうか?



「何事だ!」

「怪しい連中だな。む?」

「おい、あれって……」



 必死に逃げていると、町の警備っぽい集団と遭遇した。この人たちが、さっき猫の獣人さんが言っていた自身番という警察代わりの組織だろうか。ひとまず助かったー。



「“狐面の辻斬り”だ!」

「応援を呼んでくる」

「ってことはこいつも仲間か!」



「え、ちが――」


 険しい顔でいかついお侍さんが近寄ってくる。代わりに、後ろから追ってきていた狐面の人は逃げている。顔を隠していることがあだになったようだ。誤解が解けそうな空気ではない。



「【疾走】!」



 今度は狐面の人が逃げている後ろをついていく。土地勘の無い私が単独で逃げては容易に捕まってしまう。そこは二つ名がつくほどの有名人なのに逃げきれている実績がある人に従うのが吉だろう。


「私も巻き込まれたのでよろしくお願いします!」


「……馬鹿なの?」



 やっと返事してくれた。でもどうやら助けてくれる気はサラサラないようだ。私が同じ立場でも助けないし当然といえば当然だ。


「んー? でも、貴方の声どこかで…………」



 たった一言だけだったが、澄んだ風鈴のような声質は耳に残る。



「あ! 旅館の従業員さんで、鈴白さんのお姉さんですね!」



「……っ。速度を上げるから、捕まりたくなければついて来て」



「了解でーす」



 一段とスピードアップした狐面の人――改め、ハコ姉さんについていく。

 脅すつもりで言ったわけではないのだけど、そこは後で訂正すればいいだろう。落ち着いたら色々とじっくり話したい。



「掴まって」

「はい!」


 路地に入ってすぐに手を出してきたので、重ねるように手を乗せた。



「【神隠し】」



 私と彼女の周囲を穏やかな煙が舞う。

 そして――煙が晴れると、木々が生い茂る秘密基地のような場所にいた。

 巨大なご神木の中に空洞があり、そこの正面入口に立っている。



「ご神木って罰当たりなのでは?」


「本人の許可はとってあるから」



 本人ってことは神様から直接ってことか。あのレベルの人殺しを容認している神様……やばい神様なのでは?



「あのー、どんな神様なんでしょうか?」


「化け物みたいなやつ。ほら、中に入って」



 Oh……これ大丈夫かな? 私も国家転覆とかさせられないよね?


 警戒心マックスのままご神木の中に入る。



「あはははは! 泣いちゃうぞー!」



「うわぁ!? だ、誰ですか!」

「ここの神である九尾よ」



 たしかに狐の尾が9つある。それに加えて神特有の威圧感も宿っている。ただ、不気味で奇妙な目をしているのが、化け物呼ばわりされている所以だと察した。この神はろくでもない存在だと私の直感が告げている。



「どもー! 獣神にして九尾のきゅうちゃんでーす!」


「はあ。どうもミドリです」


「そういえばあなたには名乗っていなかったっけ。私は七草葉小紅はこべに。よろしく」




 そう言って葉小紅さんは狐のお面を外した。

 やはり鈴白さんに似て美人さんだ。



 お面がスッと消えていったが、何らかのパッシブスキルが付いているのだろう。それ以上に気になることを尋ねる。



「挨拶はこの辺で、葉小紅さんが武家屋敷を襲撃していた理由を教えてください」


「それは――」



「復讐だよね! あはははぁ、ホント人間って最高……!」


「黙れ九尾」



 おっと険悪な雰囲気だ。葉小紅さんも九尾さんを特段信仰しているわけではなさそうだ。どういう関係なんだろう。



「九尾さんには聞いていないので邪魔するなら出てってくれません?」


「一応ここってきゅうちゃんの神域なんだけどなー。君、何か生理的に受け付けないかも。あれかな、善人でも悪人でもないけど自分を持った面白くないタイプの堕天使かな」



「九尾」





「はいはーい。そっちがその気ならこっちだって――」



 葉小紅さんの睨みで、九尾さんはぶつくさとつぶやきながらご神木の外へ出ていった。余計なことしないといいんだけど心配だ。




「あれは気にしないで。人の苦しみとかそういうので愉悦を感じる化け物だから」


「うわ、それ神としてどうなんですか」




「神なんて種族に過ぎないもの。成ったのなら神であるのには相違ない……認めたくは無いけど、あれは九尾という妖怪であると同時に獣の神なの」


「ほぇ〜」



 いっそ同じ狐だからコガネさんに代わってしまえばいいのに。




「コホンッ……改めて私の口から言わせてもらう。あの屋敷はとある陰陽師の協力者の屋敷で、あの場に居たのだから分かるとは思うけど、下位の妖怪が融通されていたから殲滅しただけ」



「お化けじゃなくて妖怪だったんですか……。いや、そんなことはどうでもいいですよね。その陰陽師と何か因縁がある感じですか?」



「実は――私の姉が呪いをかけられて」



 呪いか。私もかけられたことがあるらしいけど、実際にその苦しさを味わったわけではないから何とも言えない。しかし、まだ何かありそうだ。呪いなら解呪する方法を探した方が早いだろうし。



「ストラスさん――私の知り合いに呪いに詳しいっぽい人がいるのでその人に聞いてみていいですかね? もしかしたら解呪できるかもしれません」



「残念ながら解呪に関してはあの九尾が既に診たの。あれは性格がひん曲がってはいるけど、命を捧げた相手に嘘はつけない。そんな九尾が解呪は不可能と言ったのだから無理」




「命を捧げた?」



「ええ。私の家は少し特殊で、昔から九尾と誓約を結んでいた名残で――こちらの言うことを聞く代わりに命を捧げるっていう話を持ちかけたの」




「誓約があると断れなくなるってことですかね」


「その通り」




 なるほどね。

 つまり、昔の彼女のご先祖が九尾と対等以上に渡り合える実力者で、「今後子孫の相談に乗ってくれ。対価はそのときちゃんと払わせる」みたいな誓約を結んだのだろう。




「そこで貴方はお姉さんの解呪を頼み、無理だと言われた、だから無理ってことですね」


「気持ち悪いくらい察しがいいのね」



「いやー、それほどでもありますよ」



「……何にせよ、九尾言わく新しい力を手に入れてお試しがてらかけられたとんでもない呪いらしいの」


「なんてはた迷惑な……」



 降って湧いた力を扱うみたいなことして。陰陽師なんだからあらかじめ修行とかしているだろうに。



「それで、どんな呪いなんですか?」



 一番大事な呪いの内容を聞く。

 葉小紅さんの顔がより一層険しく、暗いものになった。鬼のような殺意が瞳に宿っている。




「――命を、吸い取る呪い」




「それはまた悪趣味ですね」




「でも、九尾の診断だとその吸い取る先である術者を殺せば呪いも消えるって言っていたからその点わかりやすくはある」


「なるほど。……あれ? さっき九尾さんは復讐とか言ってませんでした? まだ生きてるんですよね?」



「あれは私には無理だと思ってるから。一度私も返り討ちにあったし」




 この人が返り討ちに……? 表情から見るに惜しかったわけでもなさそうだし、相当強いらしい。世界はまだまだ広いなあ。




「正確に言うと陰陽師の用心棒に、だけど」



 葉小紅さんは当時を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔になっている。でも、返り討ちにあって五体満足なのは幸運だと誇るべきだろう。現地人なのだからこれからは私が庇う覚悟でいった方が良さそうだ。


 ――と、私の中では既に協力することを決めていた。だってこのままだと鈴白さんの姉二人がひどい目にあうかもしれないのだ。家族を失うのは辛い。それは私がよく分かっている。



 葉小紅さんのやりすぎな惨殺は適度に私がセーブさせればいい。私も連合国とかでやらかしたし、とやかく言えるような立場ではないんだけどね。





「なかなか大変そうですし、私も協力します」


「協力? 人を殺せるようには見えないのだけれど」



 そんな聖人に見えるかー。嬉しい半面、甘ちゃんだと思われているのは心外だ。修羅場を潜った数も質も世界トップクラスだという自負があるのだ。



「これでも私は人を殺したことだってありますし、目の前で人が死ぬのを見たこともあります。魔王さんを倒したりもしてるので戦力にはなりますよ」


「魔王を……? 売り込みはいいけどそんな嘘は良くない。勇者じゃあるまいし魔王を倒したってのは無理があると思う」




「嘘じゃないんですけど………」



「実力はいいとして、協力しようと思ってる動機を聞いても? 正直信用できないの」



 そりゃあ向こうからしたら逃げ足の速い旅人で、知らないところで妹と知り合ってそれを使って脅してるわけだから疑うのは当然だ。

 ……これだけ聞いたら完全にヤバいやつじゃん。




「動機といっても単純なことですよ。家族を失う辛さはよく知っていますから、それを貴方や鈴白さんに味わって欲しくないだけです」



「それはそういうこと?」



「はい。父を目の前で亡くしまして。いやー、本当にメンタル削れるから家族は大切ですよー」


「そう、親を……」




 同情するでもなく、どこか寂しそうな表情を浮かべている。親と仲良くないご家庭なのかな。あるいは――



「もしかしてですけど、親御さんは既にお亡くなりになっていたり?」


「いいえ。ただ、親がどうとか言われても私には分からない」



 分からない?



「私と一つ上の姉、そして下の妹と、末っ子の双子の五人姉妹は外の国から来たの。親とそのから逃れるために」



「外っていうと、ここの近くですと魔王国ですか?」


「魔王国よりもっと早く着ける場所がある。たぶん言っても伝わらないと思うけど」



「ほほう?」



 魔王国と三本皇国は海を隔てているものの、ワイバーンで小一時間、船ならもう少しかかる程度しか離れていない。それ以上に近い国なんて存在しないはずだ。



「クーシル天空国、それか天空国家クーシルってところ。知らないでしょう?」




「天空国ですか。確かネアさん達の行き先で――――あ、そういえばナズナさんもそこ出身でしたっけ」



 未だに実在を疑っている国だ。でも、もし本当にあるとするなら、落下するだけで亡命できるし、落下速度的にもワイバーンでかかる小一時間以内も可能かもしれない。




「ナズナ!? あなた、どうしてナズ姉さんを知っているの!」




 記憶を辿るために声に出しただけなのだが、どうやらナズナさんを知っているらしい。彼女の元プロデューサーだと知ったらもっと驚くだろうなー。




「冥界でちょっと会いましてね」


「冥界……そう、ちょっと頭整理してもいい?」



「どうぞどうぞごゆっくり」


「気付いていないようだから言うけど、七草無砂ナズナは私達七人姉妹の次女なの」



 え――



「えーー!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る