##36 深夜デート(色気皆無)
一旦私も情報を整理しよう。
まず、
子沢山の家庭だとか、姉妹の名前が春の七草になぞらえているだとか、色々と思うところはあるが、今はもっと大事なことがある。
――多分だけど、この人、どこか一つ嘘をついている。
「冥界に行ったことがあるというのは、他に会える方法も知る方法も無いから信じるしかない、か。あなた、何者なの?」
「私はただの旅人ですよ。ちなみに一人っ子です」
「……そう。まあ親の話もここまでにしておきましょう。娘達が窮地に陥っているのに何もしない親なんて親とは呼べないもの」
「ですね」
葉小紅さん、スルースキル高い。やはり普段から姉妹の扱いで慣れているのだろうか。
「話を戻すけど、動機は理解出来た。協力してくれるのなら助かる」
「じゃあ協力者として、話すことがあるんじゃないですか?」
「話すこと?」
「ええ。姉妹の情報か、屋敷を襲った理由のどちらかは嘘ですよね?」
「――」
私の鋭い指摘に驚いた表情を隠せないでいる様子。それもそのはず。私くらいじゃないと見抜けないだろう。
「貴方はここに亡命してきたのは五人で、呪われているのは貴方の姉だと言いました。そして、貴方の下の子には妹と双子がいるとも」
「それで?」
「ですが、今日――じゃなくて昨日の昼間に弁当を届けに来たのは末っ子である鈴白さんでした。双子というのはスズナ、スズシロでしょう?」
「鈴菜、鈴白で双子なのは当たり」
やはりね。となると他の姉妹もなんとなく順番が読める。まあ今回の推理でそこは大事では無い。
「もし本当に貴方の姉妹に関する情報が正しいのであれば、危険な場所を末っ子に行かせた貴方の妹がいることになります。貴方と双子の間の人です。姉妹で仲良く亡命するのに、危険地帯へ行かせるなんて考えられないんですよ」
「家事で忙しかったとか、手が離せないことがあったとかもあるかも――」
「鈴白さんの足どりに迷いがなかったんですよ。まるで慣れたことのように、私が迷子になるような路地を抜けて行ったんですよ。毎日ではないでしようけど、弁当を忘れた時は鈴白さんが行くというのは元々決まってたんじゃないですか?」
目を逸らす葉小紅さんにもしもの話をさせる間もなく、私の考えを話す。
「あの九尾さんが言っていた“復讐”って、
「――本当に気持ち悪いくらい察しが良いのね」
諦めたように葉小紅さんは笑う。
真実の中に嘘を混じえるのは信用出来ない相手と話す時は必要だから、認めてくれたというのは、ある意味信用してくれたと受け取っていいだろう。
「随分と感情的な推理だけれど、その通り。私の妹、七草
「ああ、時系列はそうなってるんですね」
お姉さんが呪われる、葉小紅さんと妹の保登さんが陰陽師を襲って返り討ちにあい、その過程で保登さんは命を落とした。そして呪いを解くため、保登さんの無念を晴らすために復讐も兼ねて関係各所を襲っている――これは確かに九尾さんが見守っているわけだ。
ああいう性格の腐った人からしたら、葉小紅さんは最高の観賞材料だろう。それが失敗に終わりそうだとすればより一層九尾さんを楽しませることになる。
「鈴白さん達末っ子二人には何と?」
「……遠くの町へ出稼ぎに行っていると伝えている。ただ、鈴菜はたぶん勘づいていると思う」
「呪いのことは?」
「流行り病にかかっていると伝えている。寝たきりなのは同じだからこれは誤魔化せているはず」
よし、聞きたいことは全部聞けた。なかなか情報量が多い案件だ。
「わかりました。では私の協力する見返りは、全て解決したら姉妹に真実を隠さず伝えることでお願いします」
「ふふっ……優しいのか厳しいのかよく分からない人。ミドリ、その条件でよろしく」
「優しさと厳しさのハイブリッド系堕天使ですからね。よろしくお願いします、葉小紅さん!」
ささやかな笑顔を浮かべながら握手を交わす。
一見微笑ましい光景だが、その実危険で血なまぐさい約束の瞬間であった。
私は九尾さんの言っていたように、善人でも悪人でもない自負がある。たとえ私の選んだ道が多くの犠牲者を出すとしても、私は私の感情が傾いた方を助けるのだ。
だから、この握手は敵対する相手への見えない宣戦布告でもある。
「さて、協力すると決まったことですしちょーっと聞きたいんですけど――」
「うん?」
「その刀ってどこで買いました? 私、今武器が無くて困ってるんですよ」
「だから強いとか言っていた割に逃げ回っていたのか……しかし武器が無いのは困る。この刀は特注品だから売ってはいないのだけど、作ってもらった工房に案内しよう」
「本当ですか! やった!」
葉小紅さんの所持している深紅の刀、めちゃくちゃスマートなデザインで闇夜に赤く反射するのが良いのだ。私もそういうの欲しい。
「九尾も戻ってくる気配無いし、今からでいい?」
「もちろんです。今日は寝ないつもりなので朝までに調達しましょう!」
ついてきて、と早速案内してもらう。
私は新たな出会いに胸躍らせながら、置いてかれないようにスキップする。
◇ ◇ ◇ ◇
――コンコンッ!
葉小紅さんが木の扉を強めなノックで痛めつけている。
現在は深夜3時、近所迷惑にならないかと私は少しドギマギしている。日本人として近所迷惑は下手な軽犯罪より罪悪感が湧くのだ。あくまで個人の感想です。
「お〜〜い、
「――――うっせええ! 今何時だと思ってやがる! ……って葉小紅の嬢ちゃんか。どうした、ついに顔バレでもしたか?」
戸を引いて現れたのは、眼光の鋭いおじいさんだ。顔バレって単語が出てくる辺り、葉小紅さんのやっていることは知っているらしい。
「そんなヘマはしていないよ。この子の刀を見繕って欲しいの」
「こんな時間にか……お前さんの忙しさからすれば仕方ねぇな。中に入りな」
よく考えてみれば、葉小紅さんは寝たきりの姉と小さな双子を養っているのだ。高級旅館で働いているとはいえ、かなり無理をしているはず。そんな中案内までしてもらって悪いことをしたかもしれない。ちゃんと休んでほしいけれど――
「何か私の心配でもしてる顔してる」
「バレちゃいましたか。大丈夫なんですか? しっかり寝てます?」
「あのお面は九尾の作ったもので、疲労と眠気や病を吸い取るの。私しか使えないけどね」
「腐っても神なんですね」
眠くない、疲れていない、体が健康だからといって無休で動き続けるのはよくない気がするのだけど……しかし、そうでもしないと間に合わないのかもしれない。私の気にすることでは無いか。
「さっさと来いよー」
「うん、今行く」
「すみませーん!」
家屋の中に入る。
中は雑然としているが、仕事場に近づくにつれて鉄と火の臭いがしてきている。少しして、これぞ職人の仕事場って感じの部屋に到着した。階段を下ったから鑑みるに、地下に工房、上は家といった造りらしい。
ちゃんと換気しないと大変そうな家だ。
「さてと、まずはそっち嬢ちゃんの手を見せてくれ」
「分かりました。お願いします」
私が右手を出すと、ツンツンとつついたりじっくりと見定められたりして、妙な恥ずかしさを覚える。
「タコのひとつも無ければ大して硬くもない皮膚、お前さん刀なんて振れるか?」
「異界人なのでそういうのは死ぬ度に無くなっちゃうんです。ちゃんと強いのでしっかりした名刀をお願いします!」
「実力はともかく、修羅場を潜ってきたのは私が保証する」
あの逃走劇で判断力は買われたようだ。いやー、逃げて良かった!
「そうか。じゃあ手の形も分かったし作ってやるよ。要望はあるか?
「
号っていうのは方なの名前なんだっけ。かっこいい名前だ。そうなると私も特別な素材でかっこいいやつが欲しい。
「特別な素材ってどういうのが使えるんです?」
「希少で強い魔物の素材や妖怪の素材とかなら何でも構わん」
「希少な素材……ちょっと待ってくださいね」
ストレージを確認。
やはり素材自体ほとんど無い。今から素材を探しに行くのも手だけど、正直武器無しの私ではレアで強い妖怪を倒せるか微妙だ。
何か、何かいい方法があれば――
「あ! そういえば堕天使の羽とか使えません? 数も確保できますよ」
「羽か……流石に羽を混ぜて造ったことはないな」
「ですよねー。じゃあまた素材集めてから来ます」
「おいおい、造ったことはないだけだ。造らねぇとは言ってないぜ?」
な、なんと! この人、職人魂が輝いてやがる!
頑固オヤジに見せかけて、実際は固定観念に囚われない新たな挑戦にも積極的な頭の柔らかい人だ。親方と呼ばせていただこう。
「是非お願いします! 今取りますねー」
黒い片翼を出現させ、そこからプチッといく。痛覚は無いので取り放題だ。とりあえず羽を5本取ってみた。
「どれくらい要ります?」
「それで十分だ。……お前さんが堕天使なのには驚いたが、こんな質のいい物なら上手くいけばおもしれえモンができそうだ」
「ありがとうございます! よろしくです!」
「人間じゃなかったのね。道理で気配が普通じゃないわけだ」
葉小紅さんは横で興味深そうに私の翼を凝視している。確かに堕天使なんてそうそう見かけないだろうからね。
「完成までざっと見積もって3時間だ。それまでいっぺん帰ってもいいし、ここでくつろいでいてもいい。何にも無いがな!」
刀を一から作って3時間はたぶんありえないくらい早いと思う、知らないけど。いやー、紹介してもらってよかった。
「葉小紅さんはどうします?」
「今は町も巡回が増えてるだろうし、ここで待つつもり」
「じゃあ私もそうします。鍛冶場の火を見ながらガールズトークしましょ」
「別に構わないけど、面白い話なんて持ち合わせていないよ」
「だったら親睦を深めるという意味でも、過去の話でもしましょう。私も旅人ですからね、そういう冒険譚なら尽きませんよー」
「へぇ、聞かせてみてよ」
工房の壁にもたれて座りながら、私たちは談笑を始める。
「ふふん、聞いて驚くといいでしょう! まず、私は異界人で、この世界に初めて降り立った時――――」
時に驚いたり、時に羨ましがったり、時に目尻に涙を浮かべたりしてくれているのを見ながら、私は得意げに話続ける。感受性豊かで聞き上手だからこちらも話していて楽しい。
「――――そして、追い詰めたれた私は観客席から聞こえたたった一つの声援で新たな力を……あら、寝ちゃいましたか」
私の肩に頭を乗せてスヤスヤと眠っている。
九尾さん特製のお面で疲労とか眠気は大丈夫だと言っていたが、精神的に限界だったのかもしれない。
本人はきっと否定するから今だけはゆっくり休んで欲しい。何なら他にも遊びに行ったりして精神的休息をとらせたい。
「おやすみなさい……」
ストレージから適当なタオルを出して冷えないようにかけてあげる。ここは火のおかげでだいぶ温かいから大丈夫だとは思うけど一応ね。
「よっこいせ」
私の代わりにそこら辺にあったクッションを枕にして、床に薄めの布を敷いて、葉小紅さんを横にさせる。
「親方さん、そこにある刀少しお借りしますね」
「おう、そこにあるのは失敗作だから好きにしな。何も切れねぇがな」
「刀の感覚を掴むだけですから切れ味は大丈夫です」
乱雑に置いておる中から適当な刀を拾って外に出る。遠くへ行くと帰ってこられないので家の前で刀を振るう。
今のうちに感覚を慣れさせておきたい。
葉小紅さんの刀捌きは間近で見たから多少なりとも参考にできることはあるはずだ。
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