##37 名刀――

 

 早めの朝食を食べてから再びログイン。

 今日はお母さんが朝からラジオ体操があるらしくて起きていたから助かった。あの人、ラジオ体操ガチ勢だから季節外れでもひとりでやるからなー。



「おはようミドリ。寝てしまったみたいでごめんなさいね」



「おはようございます。ゆっくり休めたようで何よりです。休息は大事ですからお気になさらず」



 私も刀の練習ができたから無駄な時間にはならなかった。流石に同じ条件で葉小紅さんのような侍に勝てるかは微妙だけど、それなりの妖怪なら問題無い仕上がりだろう。




「――よっしゃあ! できたぞ!」



「おお! 流石です、親方!」

「見積もり通りの手際ね、流石三本皇国随一の刀鍛冶」



「ほれ、持ってみろ」


「ありがとうございます!」



 出来上がったばかりの刀を手渡され、私はそれを握ってみた。1振り、2振り、軽く振ってみる。



「手に信じられないくらい馴染んでますし、かなり軽めで空気抵抗も少ないですね」




「お前さんの戦い方に合うかは知らねぇが、羽の効果で軽めになったんだ。その分名刀になったから使いこなせりゃ強ぇぞ」



 ――名刀。良い、素晴らしい!



「あんな短時間で名刀を打てるのもどうかしてる。でもよかった、協力者の戦力増強になったし」


「ちなみに名刀ってどういう基準なんですかね?」



「ああ、素人だったな。刀はいくつか種類があってな。普通の刀、誰にでも扱えてスキルの付いた名刀、特定の者にしか使えない強力だが反動もある妖刀、神の領域に達した鍛冶師にしか作れない神刀があるんだ」



 神刀は別格として、妖刀はデメリットがあるから単純に名刀の上位互換というわけでもなさそうだ。序列をつけるなら、下から普通の刀、次に同率で名刀と妖刀、一番上に神刀って感じだろう。



「葉小紅さんの紅空くくうも名刀ですか?」


「私のは妖刀。それより、その新しいのに名前付けたら?」


「そうだな。それはお前さんのモンだからお前さんが決めればいいさ」



 号を私が決めるのか。

 私の羽が溶け込んだ刀の見た目は、真っ白な刀身で、堕天使というより天使の方が使いそうな純白さだ。



「うーん……付いているスキルの名前とか効果って分かりませんかねー」


「スキルの名前は刀の号になるからまだ無ぇ。効果は“回帰”だ。武器鑑定はしてるからそこは分かるぜ」



 回帰……?

 どういう理屈で私の羽からそんな概念が出てきたのかさっぱり分からない。



 しかし、回帰と純白の刀身から連想して名前を考えれば――――




「決めました!」


「清々しい決断力ね……私なんて一日中考えていたのに」


 それはかけすぎだと思う。



「――名刀、逆雪さかゆき。{逆雪さかゆき}です!」



 私が声高に言い放つと、刀身にその号が刻まれる。流石ファンタジー、ワクワクする演出だ。



「いいじゃねぇか」


「意外とネーミングセンスあるのね」


「意外は余計ですよ……親方、本当にありがとうございます! お代はいくらでしょうか」




「こっちで用意した材料と労力で……こんなもんだ」


「わお破格」



 提示された額を見て驚いた。名刀がこんなお値打ち価格でいいとは。



「まいど。おっとそうだ、堕天使の嬢ちゃんは異界人なんだよな?」



「そうですよー」



「ならこれも持ってきな。異界人は収納に困らないんだろ?」


「これは……刀?」



 大きめの刀を渡された。

 赤と黒をベースにしたデザインがとてもクールだ。



「そいつは太刀だ。童子切安綱ちゅう神刀の部類に入る代物だがな」



「え……っとそんな凄いものをどうして?」





「さぁ、俺に聞かれてもな。そいつは元々直すために預かってたモンなんだが、引き取り手が一向に戻ってこないまま、こないだ変な奴が使わないなら次ここに来た異界人に譲ってやれと。実際宝の持ち腐れだったしな」



「……変な奴の特徴とか覚えてます?」




「確か妙な被り物をして変な声をしてたな。お調子者みたいな話し方だった気もする」


「…………了解です。とりあえずありがたく受け取っておきます」



 被り物はヘルメット、変な声は機械音声だろう。

 そしてお調子者っぽい話し方。


 十中八九、例の怪しい自称時間の神だ。




「ミドリ、そろそろ旅館に戻らないと」


「そうですね。戻りましょうか」



 親方にお礼を言ってから旅館への帰途につく。葉小紅さんは方向音痴な私を送ってから一旦家に帰るらしい。




 ◇ ◇ ◇ ◇





 旅館に帰り、みんなと挨拶をして朝から和食を食べた。和食のおかげで修学旅行二日目感がある。一緒に宿泊しているのはいつもと変わらないから雰囲気のもたらす効果がよくわかる。


「ミドリくん、その武器は一体……?」



「え!? えぁっとー、ろ、ログインボーナス……みたいな感じですかねー」



 一瞬でバレた。

 あさイチはおそらく眠かったから誰も気付かなかったが、食事後には目も冴えるのだから当然と言えば当然だ。


 逆に私の返答はまだ寝ているかのような滅茶苦茶具合だ。ログインボーナスってなんやねん。



「――というのは冗談で、ストレージに入ってたんですよ! イベントの報酬か何かでしょう」


「なるほど。昨日は盗まれたとか言っていたからよかったね」



 心配してくれていたようだ。パナセアさんの優しさが身に染みる。今朝までずっとシリアスな空気だったから余計に。


「うちにも見ーして」


「ほい」




 コガネさんは興味津々といった表情で目も輝かせている。それにつられて他の面々も眺めに来た。



「逆雪やって。かっこええ名前の武器やなぁ」

「真っ白だなー。刀ってもっとギラギラしてると思ってたぞ」

「吾輩もそんなイメージだったな」

 〈どらごん……〉


「それはもう、名刀ですからね!」




 大人組のパナセアさんとエスタさん以外がわらわらと刀を囲って観察している。何て微笑ましい平和な光景なのだろう。



「失礼いたします。妖怪退治の準備が整いました。ご案内は私、七草葉小紅はこべにが務めさせていただきます」



 ノックをして部屋に入ってきたのは、平和とは対極的な葉小紅さんだ。しっかり従業員モードである。そういえば魔王国にいる時、ソルさんがそこら辺の手配もしてくれたんだっけ。




「よろしくお願いします」

「妖怪退治のスペシャリストが君なんだね?」

「おぉ~お侍はんや」

「なかなか強そうな人間だな!」

「人間……か?」

「よろしくネ」

 〈どらごん!〉



「えっと…………」




 一斉に話しかけるものだから葉小紅さんが困ってしまった。

 壁に耳あり障子にメアリーと言うので、私と彼女の関係は秘密という取り決めだから下手に馴れ馴れしくフォローできないのが面倒くさいところだ。



「とりあえず、懸賞金がかけられている妖怪の説明を始めます」



 フォローなんて要らなかったようだ。姉妹が多いからか大人数相手のいなし方が板についている。私と同年代だろうに、肝が据わってるなー。



 そんな尊敬の感情を抱きながら、真面目に妖怪の説明に耳を傾ける。



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