#ドライブ・オン・ザ・クリフ#



 ミドリが奈落に出荷されてから四日目。{適応魔剣}を手に入れた頃。



「ふゃああああぁぁあぁ!!」

 〈どらごんんぅ!!〉

「…………」

「さぁさぁ! ガンガンいこう!」

「こべっ、いやー、ぎゃ、愉快だね☆」




 山頂の不安定な岩場を駆け抜ける鉄塊が一つ。

 その車は屋根などなく、いわゆるオープンカーである。


 どらごんが椅子に枝を伸ばしてしがみつき、マナがどらごんと気絶しているサイレンを放さないように掴んでいる。そうでもしないと振り落とされてしまう。


 運転しているパナセアも、ハンドルしか車と接触している部分は無い。つまり、アクセル全開のままブレーキが踏めない状態。


 そして、シフは車のトランクから縄で結びつけられ、引きずり回されている。故意でもたまたまでも、ミドリを奈落へ行かせた責任として罰を受けさせられているのだ。



「大自然と科学の融合、なんとも理想的な光景ではないか!」

「制御できてない科学なんて意味無いっすよ!」


「仕方ないじゃないか! あの嫌味ったらしい宰相に挑発されてはマックススピードで応じないとなめられる!」

「こどもっすね!」



 マナは顔面のパーツが吹き飛びそうな程の向かい風を浴びながら、大声でツッコミを入れる。

 本来その役割はサイレンなのだが、気絶している上に代打のミドリも居ないからマナがやっている。


 どらごんはその様子を眺めて一つの結論を導き出した。



 〈どらごん……〉


 どらごんは、ツッコミをするのは下っ端の役目と勘違いしている。だとするならば――


 マナ母親がパナセアの下になるのだ。



 〈どーらーごんっ!〉

「ちょっ、どらごん!? やめ――」



「ぐべっ!?」


 どらごんは極太枝による怒りのビンタを繰り出した。それを無防備に食らったパナセアは、部品を散らしながらもハンドルを強く握った。


 しかし、威力を殺しきれずにハンドルがとれて一緒に吹き飛んだ。



「あー、どらごん、私とサイレンさんをあっちまで運んでください……っす」


 〈どらごん!〉



 元気よく二人を守って、暴走した車から脱出した。



「あれ、おーい、ふごっ、どこ行くのさー☆」



 シフを連れた無人暴走車は、運転手がいなくなったことでより自由となった。


 ただまっすぐ進むだけの車。

 そして目の前には大きな大きな岩壁。

 この条件では結果は明白だ。



「ふぅ、危なかったっすねー」

 〈どらごん〉

「……あれ? もう着いた?」


「花火ってやつっすよ」

「花火? 何が?」



 ――盛大な爆発音が響く。

 そこに混じって楽しげな悲鳴も。



「ね」

「……パナセアさんってあんまり優秀ではないのでは?」

「そうっすねー」


 状況を汲み取ったサイレンは、遠い目で爆発で生じた煙を眺める。隣で立つマナも同じような顔で眺める。



「まったく、ヒドイな。初期リス地点でかき集めたくず鉄で作った安上がり物とはいえ、並の車よりは速いのだがね」


「大事なのはスピードより安全性なんよ」

「ただでさえ道が不安定なのに速度を出すなんて、アホっすよね」



「ロマンを求めて何が悪いんだ!」


「移動手段として堂々と出したのが問題だよ」

「アホっすね」



「ぐぬぬぅ…………」



 二人の毒で項垂うなだれるパナセア。

 そんな和気あいあいとしたところに異音が混ざる。



「メ゛ェーー!」

「メ゛ェーー!」

「メ゛ェーー!」

 ・

 ・

 ・

 ・



 崖に張りついて一行を見下ろす集団が一斉に狙いを定めていた。



「囲まれてない?」

「ヤギっすね」

「汚名返上のチャンスがこうも早くやってくるとは。私の偉大な発明を披露しろという天のお告げかな!」



 各々武器を構えて背中を預け合う。

 マナは最近手に入れた盾を、サイレンはおなじみの槍を、パナセアは散弾銃二丁をヤギに向ける。


「メ゛ェーーー!」


 ヤギの親玉が高々と鳴くと、そろって駆け下りてくる。



「【神盾アイギス】っす!」



 マナは武器のスキルで光の盾を、迫り来るヤギの目の前に横にして出していく。その数に制限はなく、ヤギの顔に硬い盾が突き刺さっていった。


 その判断の早さは使い始めたばかりのものではなかったが、目の前に敵がいることからそこに気付く者は居なかった。




「補佐してくれ」

「GIGI……オマカセクダサイ」


「久しぶりに喋ってるの聞いたよ、【スピアダンス】」



 マナに続いて迎撃が始まった。

 パナセアはひたすら撃ちまくり、撃ち漏らしを体から銃口を出した小型機械が正確に仕留めていく。

 サイレンも槍で一匹一匹倒していく。



「こっちは終わったっすよー」

 〈どらごーん〉


 瞬く間に殲滅したマナと、何もせずに肩に乗っていたどらごんがサイレンの分の獲物を狩りながら寄ってくる。



「…………強くない?」

「ぶ、武器のスキルはやっぱり強いっすよね!」


「使い手が居てこそだけどねっ!」



 槍で突き刺しながら雑談を広げていく様は、完全に勝ちを確信していたものである。



「全部倒したし、私の武器も優秀だろう?」


「マナちゃんの方が上だよ」

「まだまだっすね」


「くっ……流石に遺物アーティファクトは手強いな」



 全員が殲滅し終え、くつろぎムードが流れた瞬間、甲高い奇声が割って入った。



「キェャウフィクェ!!」



「鳥っすか?」

「いや、あれは恐竜じゃない?」


「ああ、プテラノドンだ……な?」



 三人とその他の方目掛けて飛んでいるのは、プレイヤーから言うところのプテラノドン。現地で言うところの翼竜であった。

 しかし、普通の翼竜ではない。


「なにあれ」

「未知の生物だな」


「翼竜のスケルトン化したやつっすね」



「さっきの爆発音でこっちに来てるみたいだね☆」



 ヌルッと背後からシフが出現した。

 驚いた面々は一人一人シフをはたいていく。



「無事だったことに感動してくれる場面だろうに……☆ まぁ、今はあれを倒してからにしようか☆」



「任せたまえ!」

「GIGI……エンゴシマス」

「ちょっと、前衛がいないと危ないよー」


 見せ場を作ろうとやる気を見せるパナセアを筆頭に敵に向かっていく。シフとマナ、どらごんを除いて。



「協力、してくれないんだよね☆」

「…………」

 〈どらごん?〉



 シフの質問に沈黙で応えるマナ。

 不思議そうに顔を覗き込むどらごんは、抱きついている力を少し強める。



「スケルトン化ってこの付近の環境で起こらないっすよね?」

「もしかして疑われてるのかな☆ 残念ながらあれは知らないよ☆」



「そう……っすか。それならいいっす」

「協力してくれると?」



「ありえないっす。その問題にマナが関わるのは――」



 空を仰いで遥か遠くを見やる。自然と握る拳からは血が出ていた。



に反するっすから」



「そうかー☆ 強欲な彼女もガッツリ関わってるからいいかなーって思ってたんだけどね☆」



「立ち位置が全然違うっす」

「残念☆」



 お互い目を合わせずに交わす言葉は、長年の仲のようなオブラートの無いものであった。




「おーい! 倒したしヤギ肉でも食べよー!」


「今行くっす! ……ミドリさん達もあんまり巻き込まないで欲しいんすけどね」

「それは無理だね☆ 少なくとも、彼女の力は必須だからね☆」



 密談を切り上げて仲間の元へ戻るマナの背中を見て、小さくも遠いなとシフは一人誰にも聞こえない声でつぶやいた。



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