#94 第五回イベント「〘フロントライン〙」
地面とダイナミックキッスをする寸前で、先に着地したマツさんが私を片手でキャッチした。
「ちゃんと空中で体勢変えないと死にますよ」
「そんな簡単にできません。でもそれはそれとして、受け止めてくれたのは感謝します」
「……入口の閉まる音、聞こえませんか?」
確かに私達の遥か上でゴゴゴっと岩が動いているような音がしている。
話題を逸らしたのは照れ隠しなのは承知の上で、転換に乗ってあげる。
「閉じ込められ――いや、道があっちにあります」
ここの地面が見えたのもその道から明かりが漏れているからだ。
「もう一人が来てから行きましょう」
「もう一人?」
さっき倒した謎の幼女さんは消えたのに、他に誰が?
首を傾げていると、私の真横に何かが飛来した。
「あーあ、バレちゃった」
「やはり尾けていましたか」
「シロさん!?」
「久しぶりね」
こちらもまた帝国でレベリングのお手伝いをしてくれた、吸血鬼のプレイヤー。サイドテールがキュートな人だ。
「全員バラバラってのは嘘ですか? それとも――」
「ネアさんが! やらかすかもしれないあんたを誰かしら監視しろって言うからよ!」
「相変わらず性根の悪いやつですね。ちゃんと言ってくれれば済む話でしょうが」
「言っても聞かないでしょ……」
尖った人ほど敵を作りやすい、という言葉を聞いたことがある。まさしくマツさんのことだと確信しながら、私は逆にそんなマツさんに好感を覚えている。
[お野菜::知り合いなんだ]
[紅の園::人脈広]
[スクープ::【悲報】有名配信者ミドリ氏、配信外で女つくってた]
[ルーペ::誰ェ……?]
偏向報道を止めさせたいが、今この場でやると変な空気になりかねないのでスルーという安全策を講じる。
知らない人のために一度二人の紹介をしておこうかな。
「お二人とも、見ての通り配信中なんですが、知らない人もいるので一度挨拶をお願いします」
「ほう、それカメラだったんですか。珍妙な形ですね」
「わ、そういえば配信者だったわね。何かゴミとか付いてないかしら……」
片方は技術の遅れたご老人のような、もう片方は恋する乙女のような反応を示している。
この人達の強さを知らなければ、純粋に微笑ましい光景だったのに。なぜか白けた目で見てしまう。
「マツです。最強のご主人様に仕える最強のメイドです」
[天々::矛盾しかしてない]
[ごま油::一体ご主人様は何者なんだ!]
[階段::よろしくお願いします殺さないでください]
[天変地異::ヘケヘケェ〜]
既に矛盾が生じているが、ツッコミは無粋だろう。ここは優しく言い換えたコメントを取り上げるとしよう。
「皆さん、よろしくーって書いてます」
「ネットなのにマナー良いんですね。民度でしょうか」
「私の躾です」
「……結構なお手前で」
茶番のあと、流れでシロさんが一歩前に出る。
少し緊張しながら、ハキハキと自己紹介を始めた。
「シロです! えーと……クラン:〘フロントライン〙では立場的には下っ端ですが、いつか下克上したいと思ってます!」
[病み病み病み病み::かわいい]
[コラコーラ::頑張れ!]
[蛙飛び込む水の音::健気な子かと思ったら野心家かい]
[草刈機::フロントラインって?]
うんうん、下克上の話は次会ったらネアさんに告げ口するとして、無知な視聴者さんのためにもフロントラインとは何なのか補足した方が良さそうだ。
「お二人の所属しているクラン、〘フロントライン〙というのは、その名の通り最前線にいる謎多きプレイヤーの集まりと
誇張抜きに私の知っている情報を出したが、改めてすごい人たちだと思う。まだネアさんを含めた三人しか会ったことはないけど、今のところ私が正面から戦って一人でも倒せる自信はない。
私が成長しているのと同じように、皆成長しているからそこに差はつきにくい。
「お二人の紹介は済みましたし、そろそろ行きましょうか」
私の確認に頷いて応える二人。
ゆっくりと、しかし心強い人達の力を借りて薄暗い洞穴に身を投じる。
◇ ◇ ◇ ◇
むき出しの岩壁。
どういう理由か整ったタイルの道。
所々に設置されている、火ではなく、昔の古い電球のような明かり。
「ここはいったい何なんでしょう?」
「ご主人様の言っていたダンジョンとやらがかなり近い特徴を持っています」
「その割には一本道だし何も無いわよ」
ダンジョンか。
イベント開始時に秘宝の存在が出ていたし、無い話ではないが、シロさんの言う通りだ。
罠も敵も、分かれ道すら無いここがダンジョンといえるのか。
「考えても分からないことを考えるより別の聞きたいこと聞いていいですか?」
「どうぞ」
「任せなさい、このシロ様が何でも答えてあげるわ!」
どちらかというとマツさんに向けた質問なんだけどね。たぶん私だけじゃなくて視聴者さんたちも気になっているであろうこと。
「マツさんのご主人というのは、誰なんですか?」
「あー、一応〘フロントライン〙のリーダーをやっている……やっていた? そんな感じの人です」
「今は厄介事に巻き込まれて別行動でクランも抜けたままだけどね」
抜けたどうこうの事情は意味が分からないが、私の知らない強い人がいるのは分かった。だってあのネアさんより上なのだ。めちゃくちゃ強いんだろう。
「またどこかでお会いしてみたいですね」
「ご主人様を狙ってるんですか?」
「やめといた方がいいわよ」
「これっぽっちもそんなつもりは無いんですけど、そんなにやばい人なんですか」
「ノーコメントで」
「そもそもネアさんといい感じだからつけ入る隙はないと思うわ。ヤバさでいえばネアさんの方が上だけど、ナチュラルサイコパスじみたところはあるわね」
一気に会いたくなくなってきた。
関わるとろくな事にならない気がする。
「〘フロントライン〙はその人とネアさんを足して四人だけなんですか?」
「そうですね」
「いや、違うわよ! ちゃんとリューゲも数えてあげて!」
「あぁ、いましたね。あの人、影薄いので私は悪くありません」
まだリューゲさんという方がいるらしい。
しかし、それでも五人か。
強いだけはあって少数精鋭だなー。
うちが言えたことではないけど。
ん? 待てよ?
「あの、すごい言いにくいんですけど、そのご主人さんを除いて名前を公開してよかったんですか? 謎多きとか言われてましたし、隠してたとか……」
「「……」」
それを指摘した瞬間、二人は顔を見合わせる。
目がすごい速さで泳いで、滝のように汗が流れている。
明らかに良くないようなので配信をミュートにしておく。
「ま、まだ、ご主人様がクロということは言ってませんし、セーフですよね……?」
「ばっか! 今言ったじゃない! どうすんのよ、今更偽名を言っても逆効果だし――」
どんどん自爆していってる。
ミュートにして正解だった。私天才。
「ミュートにしましたから私以外聞いてません!セーフです。……セーフかな?」
首の皮一枚繋がったくらいの致命傷かもしれない。つまり、もう死んでるも同然。
「とりあえず落ち着きましょう。深呼吸です」
「スゥ〜ハァ〜」
「ひっひっふーひっひっふー」
シロさんはダメかもしれない。
生まれたての子鹿のように足が震えてる程度ならまだ救いはあったが、生まれたての子鹿すらドン引くほど全身が震えている。
「あわわゎぁあひぬえにでぇすぅあ……」
「監督不行届であの鬼軍曹に処されるんでしょうね」
「鬼軍曹ってネアさんですか?」
「他にいませんよ」
あの人怖くない?
本人のいない所で私の好感度ダダ下がりだよ。前会った時は迷子の子を送っていたのに。
てかこの人は全く反省の色が見れないけど平気なのかな。
「マツさんは処されないんですね」
「あぁ、あの女にはそんなことされませんよ。私のご主人様はご主人様一人なので、それ以外の人が私の上に立つのは許しませんから」
「ご主人さんは身内には優しいんですね」
「そうですねー。敵も中立も容赦なく殺しますけど味方だけには甘いです。今回レベルのポカならひどくて頭を掴んで地面に沈められるくらいでしょう」
こわ。
それで平気って、ネアさんはどんな所業を身内にやってるんだ…………。
「貴方のご主人さんがクロという名前なのは黙っておきますから、そこだけは安心してください」
「たすかります」
シロさんが未だに崩れ落ちてるから先に進めない。地面に座って会話を続ける。その間何があってもいいようにミュートは外さないでおく。
「プレイヤーネームってかぶりは使えないのに、よくクロとかシロを使えましたね」
「ミドリも大差ないでしょう」
でも黒や白は人気だから、とカラートークに入りつつある私達であったが、何か引っかかっるものを感じた。
「クロ……どこかで聞いたような」
「ご主人様は基本的に偽名を使ってますからゲーム外じゃないですかね」
その人の活躍を聞いたとかではなく、もっと何か曖昧な――
「あー!」
「?」
「そうです! 奈落で出会った神からその人宛に届け物を預かってたんです!」
「ご主人様に神の知り合いなんていたんですね」
確か指輪を預かって――ストレージ使えないんだった。仲間に渡せば楽に済むと考えたけど、それはシステム的に無理らしい。
「そのクロさんは白髪ですよね?」
「そうです」
当たりだ。
おつかいクエストは早めに済ませておきたいし、居場所も聞いておこう、
「ストレージが使えないのでイベント後に渡したいんですが、クロさんは今どこにいますか?」
「それはなかなか無理な話です。だって――」
「――ご主人様は今、空の
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