#95 第五回イベント「疑念」
空。
辞書的意味で解釈するならば、頭上に広がる空間のことだ。天と呼ぶ者もいる。
「宇宙旅行にでも行ってるんですか?」
「そこまで行ってないはずです。天に浮かぶ大陸の話を聞いたことはありますか?」
「なんですかそれ、すごい浪漫に溢れる話じゃないですか」
人には翼が無いから空に憧れる。
ある人は足では見ることのできない景色を求めて、またある人は自由を求めて。
イカロスの話もそれに関連した有名どころだろう。
ここの私には足も翼もあるが、現実では足は使えず翼も無い。
それに、
「この世界って上空には入れないように乱気流があったはずですが」
だからこその空想。
ファンタジー世界におけるファンタジーなのだろう。
「そうみたいですけど、その空を支配する人が、そこにいるとしたら?」
「……もしそうだとしたら、その人はその大陸の命を握っているはず。それにあれほどの乱気流を自在に生み出せるとしたら、まず戦闘において負けることはないですね。…………もしかして」
「分かりましたか」
「その人が海に浮かんでいた大陸を浮かべ、空に持っていった、その大陸の王のような存在。そう言いたいと?」
「あくまでも仮説ですけどね」
確かに筋は通ってるように思える。
しかし、それと同時に穴は相当残っている。
「空を支配する人が実在する根拠は無いのでそもそも妄想の域を出ませんね」
「そう吐き捨てるのも分かりますが、事実、その可能性が高い人物あるいは神に会ったことがあるんですよ」
うーん、判断材料が薄いけど、あまり夢を否定するのもつまらない人間となってしまう。
信じる童心こそが豊かな心の素材だからね。
「とりあえずクロさんと合流できたら教えてください。これで」
「いいですよ」
『プレイヤーネーム:マツにフレンド申請しました』『フレンド申請が承認されました』『プレイヤーネーム:マツとフレンドになりました』
これでよし。
「待たせたわね。覚悟は決まったわ」
「おー、頑張ってください」
「足引っ張らないでください」
マツさんには気遣いなんて言葉はないらしい。
その辛辣な言葉にイラッとした様子のシロさんは、からかうような口調でマツさんに指摘した。
「あんたがドヤ顔で語ってた話、全部ネアさんの受け売りじゃない」
「あ、虫が。【鬼拳】」
強烈なストレートがシロさんの顔面をえぐった。
紙のように吹き飛んていく様子を眺めてから、マツさんの方を一瞥すると、耳が少し赤らんでいるのが見えた。
「ほら、行きますよ!」
「シロさんが重症かと……」
「あの吸血鬼はそんな簡単に死なないから平気です。ほら、もう昼過ぎですし、お腹すいてきましたから早く行きますよ」
「……はい」
踏んだり蹴ったりのシロさんが心配だが、マツさんがそう言うなら仕方ない。
配信のミュートを解除して再び足を進める。
◇ ◇ ◇ ◇
復帰したシロさんと合流してから一本道を進むこと数十分。
大きな扉と謎の石版が置いてある場所に出た。
白い動物の石と加工されていない動物の木片、黒い液体の入った壺も傍らに設置されている。
意図の読めない仕掛けだ。
「これ何をどうすればいいんでしょうね」
「一通り順番に石版に置いても何も起きませんしね」
「さっぱりよ」
二人とも脳筋気質があるから、ここは頭脳派の私が何とかしないと。
[前髪パッツン::もしかして全員脳筋?]
[あ::動物といっても干支とかの規則性はなさそうだしな……]
[お神::火鳥人つ隙名乗を撮っ手見鱈]
[唐揚げ::頭いい人ー]
[燻製肉::こういうのこそパナさんの出番なのに]
たまにすごい変換してる人がいるとは思ってたけど、今回は酷いなー。
「かちょうじん……じゃなくて、ひとりひとつすきなのを、とってみ、これは……たら?」
一人ひとつ好きなのを取ってみたら、と言いたいのか。まあ何も思いつかないし、意外とそういう息抜きから打開策をひらめいたりするからね。
「一人ひとつ、好きなのを選んでみませんか?」
「ほう、面白そうですね」
「もうただのレクリエーションになってるじゃない」
そうは言いつつも、どれにしようかと思案を始めているので、なんだかんだノリのいい人だ。
さて、私はどれにしようかな。
定番だけど私は猫派だし、無難に猫――
「黒猫にしよ」
白い猫の石を壺につけて黒くする。
ときどき幻覚を見るほど、潜在意識で好きな説が私の中で浮上しているからね。ほんとあれ何なんだろう?
「決まりました」
「随分とかわいいのを選びましたね。私はやはり強い竜にしましたよ。しかも木だから趣もあります」
そんなことだろうと思った。
全ての価値基準が強さなのは果たしてどうなのか。
「ハッ! どっちもありきたりね。これを見なさい」
シロさんが見せてきたのは、白いカラスの石。
カラスが好きというのもあるだろうが、それ以上に、
「逆張りですね」
「逆張りおつです」
「うっさい!」
節々から感じていたが、シロさんってたぶん私より年下だろうなー。一つか二つぐらいだとは思うけど。
「さ、石版に置いてみましょうか」
「そうですね。反抗期の子は置いてくれるか分かりませんけど」
「置くわよ!」
二人は豪快に持っていた動物を石版に叩きつける。この二つでは何も変化は起きない。
だからこそ、私は確信していた。
――この黒猫を置くと扉が開くことを。
「どうかしました?」
「どうしたのよ?」
固まる私を不思議に思っている二人。
しかし返事を返す余裕もない。
前にしか脱出の手がかりのないこの怪しい通路、好奇心をくすぐって読ませる支離滅裂なコメント、そして記憶に焼き付けるように現れる黒猫。
この先に進ませるための罠としか思えない。
私の考え過ぎの可能性もあるが、誘導されているように思える。
「ここから先は、やめておきませんか」
「でも退路も無いですよ?」
「そうよ。急にどうしたの?」
この二人は私を演技で誘導できるような人間ではない。ネアさんが仕掛けたとしても不確定な要素が大きすぎる。もっと別の――
「ほい」
「あっ……」
マツさんが私の手を強引に動かして石版に乗せてしまった。
それと同時に、大きな扉は軋みながら開き始めた。
「ほら、モタモタしてないで行きますよ」
「何かあったらこのシロ様が守ってあげるわ! だから心配なんていらないわよ!」
「ふふっ、頼りにしてます」
そうだ。
この二人の強さはよく知っている。
私なんかよりずっと強いんだから心配する必要はない。トッププレイヤー二人がプレイヤーイベントごときで負けるはずもない。
扉の中に入ると、そこには煌びやかな宝箱が奥に置かれていた。
しかし、私達と宝箱の間には、巨大な竜が眠っている。
『侵入者検知、三人』『対象の確認を行います』『完了、天使、鬼人、吸血鬼』『内、天使から魔神の魔力残滓を確認しました』『排除プログラム対象外です』『残りの排除のため人工天使二機を動員します』『オートモードへ移行、完了しました』
機械音が部屋に響く。
部屋自体は円柱形で広いのに、音声はどこからともなく聞こえる。
「戦うみたいですよ」
「やっとですか、戦いたすぎてうずうずしてたんですよ!」
「ちょうど別々で戦えそうね」
中央に居座る白い竜が、機械音に反応して目を開けた。
その圧倒的な威圧感に気圧される私とシロさんであったが、対称的にマツさんは狂気的な笑みを浮かべていた。
「あの竜はもらいますよ」
「どうぞどうぞ」
「やっちゃいなさい」
なんて頼りがいのあるメイドさんなんだ。
あちらはもう勝ったも同然だろう。
なら、私は――
「天然ものの天使と人工天使、雌雄を決する時ですね! 【適応】!」
機械仕掛けの天使もどきがマツさんを狙っていたので、横から斬りつける。
両手を変形して剣で受け止められるが、こちらは大剣サイズだ。吹き飛ばすのには成功した。
『妨害を確認、優先を変更』『――天使を排除します』
養殖天使風情に負けてたまるか。
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