##銀の弾丸##

 


 ――霧の中、パナセアとアルマが対峙していた。



 事の発端はミドリが霧の外へ走り出した時に遡る。


 ◆◆◆◆



 ミドリの足音が遠ざかっていくのを二人は感じ取りながら、口を開いた。



「君、ここから出る気無いだろう?」


「……それがどうした」



「私は気にしないが、ミドリくんは君を探そうとする。せめて事情くらい話すべきだと思うよ」


「この霧を出している男に、シロ様を出す代わりとしてこの身を捧げた。ただそれだけだ」



 パナセアはあっさりと白状したことに対して少し驚く。思ったよりも心を開いていたことに、ミドリのコミュニケーション能力へパナセアは感心していた。



「ここの魔物がすべてアンデットなのは気付いていたか? やつはアンデットを使役する力を持っている。つまり――あとは分かるな?」


「なるほど、君を倒さねばならないのか」



 霧から脱出するにはその大元を倒す必要があるが、そのためには先に裏切るのが確定しているアルマを仕留めておかなければいけないのだと考えたパナセアは銃を構えた。

 それを、アルマは優しく微笑む。



「話が早くて助かる。あと、この事は彼女には内緒にしてくれ」


「……なぜミドリくんをそこまで気遣う?」



「以前恋愛について話したと思うが、その恋より前に実らなかった初恋があった。あの堕天使はその人に本質的部分が似ていて、ときどき重ねてしまうんだ」


「ふむ……私には到底理解できない感情だ。しかし、そうだな。君の覚悟を見込んで約束しよう」


 そうして二人は戦闘態勢に入った。

 アルマも無抵抗というわけにもいかない。そのような甘えは許されていないのだ。



 ◆◆◆◆




「【連射】」


「【デッドリーダンス】」



 二丁拳銃で攻撃を仕掛けるも、その弾幕をアルマは間を縫って躱していく。パナセアのスキルも強力だが細かいのは銀の短剣で難なく対処している。



「【換装】」


 パナセアは武器をミニガンに切り替えて再び仕掛ける。

 その圧倒的な火力にアルマはたじろいで、攻撃に転じようとしていたのを防がれた。



「【霧化】」



 流石にすべてを躱しきるのは不可能と踏んだのか、アルマは霧となって攻撃を回避する。吸血鬼特有のスキルである。



「ふむ、【換装】【装填】」



 今度はハンドガンに切り替えて弾丸も通常の物から変える。それは吸血鬼を殺す材質、銀である。彼女の弾倉にはあらかじめ用意していた銀の弾丸が3発分眠っている。


 銃を両手で構えたパナセアは、微かな音を拾って霧の多い部分を狙う。



「【精密射撃】」



 何かが割れる音がして、アルマが元の姿に戻った。しかしそれと同時に彼は反撃に出る。持っていた短剣を投擲。それは真っ直ぐパナセアの膝を切り裂いて、後方の地面に突き刺さった。


「残念だ」



 アルマは高速で走って短剣を回収し、そのままパナセアの背後から刺した。人間で言うところの心臓の部分を貫かれている。それは間違いなく致命傷で、もう勝負は決まっているはずだった。

 ――相手がパナセアでさえなければ。



「見くびりすぎだよ」


「……っ! なぜ動ける?」



「あいにくと私は頑丈でね。この体はどこの神が作ったのか知らないが、私の心臓は1つじゃないのさ」


「そうか、であればすべて壊されないうちに倒してみるといい」



 少しばかり動揺しつつも、アルマは油断せず警戒心を引き上げる。

 彼は殺されるのが望ましいとは思っているのだが、それ以上に闘争心もくすぐられていた。このびっくり箱のような相手の手札を全て見てみたいという好奇心も湧いているのだ。




「ペネノ、終わったな?」


「GIGI……カイセキ・テキゴウ、カンリョウデス。【ケイタイヘンカ】、ゴーグル」



 小型機械ペネノが、ゴーグルの形になってパナセアに装備された。長い解析期間を経てようやく黒い霧の中でまともな視界を確保してのけたのである。そもそも音だけで弾丸を当てるなど無茶苦茶なことだったのだが、目が使えるようになった彼女に敵はいない。



「残り2発、これだけで君を仕留めてみせよう」


「それは楽しみだ」




 二人揃って駆けだす。



「血よ波打て〖ブラッドウェーブ〗、血の雨よ〖ブラッドレイン〗」



 アルマの魔法で足元に血の波が、上からは血の雨が降り注ぐ。どちらもただの液体ではなく、魔法としての威力を持っていた。


 しかし、パナセアはジェットを軽く噴出させて波を避け、血の雨は無視して体の所々に穴をあけながら接敵を続ける。スピード特化のアルマ相手に距離を置くのは得策ではないと判断しての行動だ。


 ――もちろんそういった考えもあるが、パナセア自身も気付いていないところでとある光景が影響を及ぼしていた。それはつい最近のミドリのレイドバトルの配信だ。パナセアはリアルタイムではないものの、彼女のゼロ距離ぶっぱをやってみたいという気持ちが心の片隅で芽生えていたのである。




「ふっ」


 パナセアが蹴りを入れて相手の魔法を乱す。

 そして、体勢が崩れたところに銃弾を撃ち込む。狙いは短剣を持っている右腕だ。



「ぐ、この程度!」



 短剣を切り上げて銃弾を切り裂く。しかし、それはパナセアの想定通り。彼女の腕が伸びて右腕をがっしりと掴んだ。手の形を手錠のようなものにして外せないようにしている。



「フィニッシュだ」



 銀の銃弾がアルマの心臓を撃ちぬいた。

 吸血鬼の弱点である銀で撃たれ、アルマは力を失って倒れこむ。その体は次第に灰になっていっていた。


「宣言通りとは……恐れ入った」


「これでも発明家の職業をもらっているからね、それなりに考えながら戦うのさ」



 アルマは発明家がどういう存在なのか詳しく知らないため、そもそも戦う職業ではないというツッコミは入らず、変わらぬしんみりとした空気が流れている。



「なあ、これからもあの堕天使と共に進むのか?」


「堕天使ではなくミドリと、そう呼んでもいいのだよ? 初恋の人に似ているから気恥ずかしいのかね?」



「……余計なお世話だ。何にせよ、あやつのような目をした者は運命の最中にありながら、それでいて周りだけが悲惨なことになる」


「疫病神だとでも?」



 その問いかけに、アルマは鼻で笑って否定した。


「そうだったのなら話は簡単だろう。居なくなれば全て上手くいくのだから。タチが悪いのは、居なければ居ないでどうにもならなくなる所だ」


「…………それで、私にどうしろと?」



「なに、今まで通り支えてやってくれればそれでいい。下らない身勝手な罪滅ぼしだが……」


「任せたまえ。君の生前の話も聞きたいが、そろそろ限界だろう」



 遂に頭を残して灰になったアルマに気を遣って、ゆっくり休むように言い渡す。

 アルマは幸せそうに目を細めていく。



「君は十分生きた。後のことは私に――私たちに任せて眠るといいさ」



 残された灰が潮風に飛ばされるまで、パナセアは彼の最期を見届けた。



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