##22 霧の先にて

 


 視界不良、常時毒デバフ、うじゃうじゃ湧く魔物達。今までで一番しんどいといっても過言ではない行軍を私たちは強行している。



「本当にこっちで合ってるんです?」


「少なくとも君の空間把握能力よりは正しいはずだよ」



 うっ……何も言い返せない。

 パナセアさんの、霧に入る前の方角情報から進む方向を決めている。しかし、行きより遥かに時間がかかっているのだ。心配になるのも当然だろう。



「今更ですけどアルマさんは土地勘とかないんです?」


「基本的にあの遺跡に居たからそこら辺は全くと言っていい」



「ですよねー」




 正攻法で抜け出すのだからある程度覚悟はしていたが、この感じだと根気がいりそうだ。めげずに敵を排除しながら歩いていく。



「暇つぶしがてら恋バナでもしますか。お二人は好きな人とかいます?」



「私は恋愛に疎いからそういった話は持っていないな」


「生前の貴族としての恋愛なら少し話せるが――」




「貴族恋愛! いいですね、是非是非聞かせてくださいよ!」

「ほう、興味深い」


「大した話では無いのだが……聞きたいのなら話そうか」



 殺伐とした場所で、のんびりとした会話を続ける。ある意味精神を安定させる行為とも言えるかもしれない。長丁場になるかもだが、こうもちぐはぐな面子だと話題に事欠かないだろう。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 あれから数日が経過した。もはやこの暗闇も心地よいとまで感じてくるぐらいには心がすり減ってきている。ログアウトという憩いが無ければ病んでいた自信がある。視覚が役に立たないとはいえプライバシーというかプライベートが無いのは結構キツイのだ。



『レベルが上がりました』




「はぁ、これで何体目なんでしょう……」


「いいレベリングにはなるね」




「苦行でしかないですけどね」


「しかし、ポジティブに捉えれば視覚に頼らない達人のような修行ともとれるから成長具合は凄まじいはずだよ」



 確かに今なら目を閉じて「ここです」とか言いながら敵を真っ二つにするのも容易だろう。なにそれかっこいい。





「2人とも、正面から潮風の匂いがするぞ」




 愚痴をこぼしている私たちとは別に、アルマさんが匂いのことを指摘した。確かに言われてみれば海の匂いがする。



「ついにゴールですか……レッツゴーです!」



 苦行の終わりははしゃいで締めたい。私は嗅覚に身を任せて駆け出した。



「――まぶしっ」



 視界が広がる。世界が鮮明に目に映り込む。久しぶりの光で目に痛みすら感じるが、そんなことはどうでもいい。


 朝の日差しが海で乱反射して輝いていた。

 それを私はみさきのような高台から見下ろす。


 海に出ているということは、南から入って北に霧の中を抜けてきたことになる。縦断しているつもりは誰もしていなかったが、この光景は思わぬご褒美である。



「見てください! やっと――――」



 振り向くと、そこには誰もいなかった。ついさっきまでそこにいたのに、声も息の音も聞こえない。



 はぐれたのだろうか。でも、方向音痴の私が来られてあのしっかりした二人が出てこられないなんて想像がつかない。アルマさんともここ数日接していて人となりは十分に理解しているから特に意味がわからない。

 彼は高位の吸血鬼だから日差しに弱いなんてこともないらしいし。



「メッセージ送って待ってみようかな」



 非常時の取り決めとしてフレンドのメッセージ機能を使うことになっていたのでその通りにする。



 …………どうするかの問いを投げかけたメッセージに既読がつかない。私が走り出したタイミングで何かあったのだろうか?



 流石に放っておくわけにもいかない。仕方なく私は再び霧の中へ足を踏み入れた。




「パナセアさーん! アルマさーん! どこですかー!」



 大きな声を出すと魔物が寄ってくるがそんなの無視だ。適当に斬りながら二人を探す。




「ってあれ? また外?」



 なぜかまた外に出ていた。

 先程と同じ岬である。違う点を挙げるとすれば、それは扉の有無だろう。取っ手すら無い真っ黒な扉というより板に近い物が、ポツンと何も無い所で佇んでいる。



 ――何者かが私を招いている。

 明らかに罠なのは考えるまでもない。しかし、二人がこの先にいる可能性もあるのだ。無視を決め込むのもよろしくない。


 そもそも、そもそもだ。

 今の私に考える余裕なんてない。ものすごく精神的に疲れているのだ。ならばやることは一つ。




「特攻じゃーい!」



 扉を蹴破る。

 念の為剣だけは構えておく。



 中に入るも、特段罠は見当たらない。ただ不気味で静かで豪華な部屋だけで、罠も魔物も何も無い様子だ。


 ――いや、違う。

 玉座のようなものの上に霧に覆われた誰かが鎮座している。



「ミドリ、堕天使、68レベル、そこそこといったところか」



「どなたですか」



 どうやら鑑定系のスキルで覗き見られたようだ。68レベルでそこそこと言っているのは果たして強がりなのか本音なのか、どちらかは私の知る由もないが、相手が強いのは何となく分かっていた。


 このゾワゾワする殺気にオーラ、ジェニーさんに近い恐ろしさを感じる。




「プロトピス・ル・ドルフィエだ。この霧を出している張本人と言えば分かりやすいか? ああ、お前が探している者達は残念ながらここにはいない。外にはいるから気にしないで構わんよ」



「貴方が――!」



「お前の在り方が気持ち悪くて耐え切れずここに呼んだが……殺し合いでもするか」



 最初からその気しかないくせに。


 相手にかかっていた霧が晴れていき、その姿が露わになった。

 金髪蒼眼の男の人だ。ただ、血色の悪さが際立っている。まるで死人のような風貌である。



「【適応】」



 敵なのには違いないから、私は優雅に座っている相手に剣を向けた。





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