##39 雪女

 


 氷柱が隙間なく空から降り注ぐ。



「はああああ!」



 それを私は刀で全て叩き斬っていく。

 赤い線で攻撃の軌道が読めるからこそできる剣技だ。まあ葉小紅さんも同じことをやってのけているのだけど。



「このまま一方的に攻撃されていてはジリ貧ね。詰めないと」


「そうですね。走りましょうか」



 駆け足で雪の降る山を登る。

 雪玉やら氷塊が転がってきているが、全部葉小紅さんが斬ってくれるので問題は無い。



「――っ、デカイの来ます!」



 視界が真っ赤に染まる。

 直後、吹雪が私たちを襲う。攻撃かと思って刀を振ったが、吹雪をどうこうできるはずもなく空振りに終わる。



「うわ……これじゃあ何も見えませんね」


「しかし、ただ視界が悪くなるだけ。気配を探って斬ればいい――そこ!」



 真っ白に塗りつぶされた視野の中、彼女は刀を振るった。




「ナイスです!」


「いや、まだ……!」



 雪が強まっている。

 私ともあろうものがフラグを建ててしまった。というか、さっきから私何もしていない。そろそろ活躍しないと協力者として見くびられてしまうかもしれない。



 真っ白な雪景色の中、首めがけて赤い線が走った。

 私はそれを避けつつ攻撃の出処へカウンターを入れる。



「そい!」




 刀が空を切る。

 今のは確実に当たったはずだった。なんなら寸分違わず相手の攻撃中に当てたはずだ。

 葉小紅さんの攻撃も効かなかったようだし、何か仕掛けがありそうだ。




「ミドリ! 気配が増えた、分身の類だ」

「了解です」



 背中を合わせて全方位からの攻撃に備える。

 相手は雪女。そして今は吹雪に覆われている。つまり、向こうの完全ホームだ。


 だとするなら、雪女に攻撃が当たらない理由は実体の無い雪そのものだから、だろう。妖怪なのだから自然の脅威が形となった存在、といった解釈もできるし。


 しかし、推測できたとてどうしたものか。私が火魔法でも使えたら楽なのだが……。




「葉小紅さんは火の魔法とか使えたりしません?」

「アテはあるが……私の気配察知では攻撃を当てられない。初撃も私のは効かなかったのではなく外したから。…………ミドリには雪女が見えているの?」



「一応ギリギリ」



 そう、赤い線に気を配るだけでなく、吹雪の中の雪ひとつひとつの挙動を観察して雪女の位置もある程度把握できている。


【天眼】頼りの戦いも多かったけど、その結果目本来の性能が上がっているんだよね。よくアニメとかで雨の一粒一粒に意識を割けないとか言うけれど、最近の私はそれなりにできてしまうのだ。



「ミドリが見えるのなら良かった。雪女を捉えていてくれ」


「は、はぁ。分かりました」



「しばし借りる――【視覚同期】」




 よく分からないけど目を凝らして雪女を見つめ続ける。

 すると、葉小紅さんが一瞬で雪女の元まで行き刀を抜いた。




「【紅空くくう】!」



 真っ赤な炎を纏った刀が、雪女を確実に燃やしながら斬り裂いた。



「おー! すごいです!」


「はぁはぁ……うっ…………名刀、妖刀は号を呼ぶことで力を発揮できる」


「じゃあ私の逆雪さかゆきにも?」

「当然できる。…………ぉえ」



 早速使ってみたいところだけど、葉小紅さんがポロボロだ。妖刀というのはそれほどの代償をもたらすのだろうか。



「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……むしろなぜミドリが平気なのか理解できない」



「?」


「見えるとは言っていたが、普通あんな情報量をケロッと処理しているとは思わない」


「あー」



 そういえば、雪女を捉えるために雪の動きを視界の範囲すべて追っていたからかなりの情報量が入っていたことになる。私は慣れていたから処理できたけど、視覚を共有した彼女は処理するのが大変で吐いたってことか。



 確かに脳が追いつかないとそうなってもおかしくない。




「でも、なんやかんや言って倒せたんですし結果オーライですよ。というか他人の視界に入れるのもすごいです」


「普段は偵察とかでネズミとかに使っているんだけど……待って」



「はい?」


「雪女は倒した、ええ。確実に斬ったし、手応えもあった。ならなぜ――」




 吹雪が強まる。

 同時に体温が急激に低下していくのを感じた。



「最悪の展開ですね。雪女は、この雪すべてが雪女って感じでしょうか」


「そうなる、か」



 緩みかけた気をしっかり貼り直して、刀を持ち直――せない。



「葉小紅さん!」


「ええ。どうしたらいいのかしら」



 体がビクともしない。

 いつの間にか、頭から下が強固な雪で固められていたのだ。


 たしかに戦う中で体は鈍くなっていた。

 だけどそれは寒さのはずで……いや、違う。吹雪で視界が悪く寒さで痛覚も鈍くなっていた。だから、張り付いていた雪に気づかなかったのか。


 いくら動体視力のいい私でも、視界の範囲外の雪までは捉えきれない。



「何か打開策ありません?」


「生憎と、刀を振ることの許されない侍には荷が重い話ね」



「ですよねー。私が何とかするしかない感じですよねー。正直効果も分からないまま実戦で使いたく無かったんですけど」


 仕方ない。

 出し渋っている場合では無い。私が死ぬのは構わないけど葉小紅さんを死なせるのは到底許されない。

 雪女が、動けない私たちにトドメを刺すように雪崩を起こした。雪が一瞬で眼前に迫る。




「頼みますよ! 【逆雪さかゆき】!」



 降り注ぐ雪が、逆流するように空を昇る。

 目の前にあった雪崩も巻き戻って消えていく。


 そして――私たちにまとわりついていた雪が少しだけ剥がれた。




「今です!」



「『我が身をくべよ』【紅喰くくう】」


 彼女が刀を空に降ると、雪が消失した。

 そしてワンテンポ遅れて尋常ではないほどの空気が爆発するように流れる。消失させたのではなく、蒸発させたようだ。



「くっ……」


 葉小紅さんが膝をつく。

 彼女の刀、その号が妖しいオーラを纏って刻まれていた文字が“紅空”から“紅喰”に変化していた。



「ちょ、大丈夫ですか!」


「ええ、この程度なんてことはない。それより雪女は――よし、気配も無さそうね」



 痛みが引いたのか、あるいは強がってか納刀した刀を杖代わりにして立ち上がる。

 刀から出ていた妖しいオーラも納刀と一緒に消えた。次に抜いたらちゃんと“紅空”に直っているのだろう。




「雪女、倒せたのはいいんですけど、葉小紅さんの負担大きくなかったですか? 一応案内役というていですしそんな無理しないでくださいね?」



 まあ無理させてしまった不甲斐ない私が言うのもなんだけど。



「別に無理してないから平気。それに、妖怪は私の仇敵である陰陽師に操られる可能性もあるし、退治できるのならしておいた方がお得だから」


「そうですか……」


「そ・れ・よ・り!」



「え?」


「逆雪の技、すごかった!」



「あ、はい。でも私もよく分からないんですよねー」



 紅空しかり、中二病じみたのが好きな葉小紅さんの琴線に触れたらしい。

 しかし、さっきの効果は私もよく分かっていないのだ。名前の通り雪が遡ったところから雪が逆再生するだけにも見えたけれど、そんな限定的過ぎるなんてことはないはず。


 何より、聞いたことのある音がしたのだ。


 カチッと何かが動く感覚だったのだ。

 結構前、確かイベントで破壊神の力に襲われた時に助けてくれた時計と同じような――



「んん?」


「ミドリ? どうかした? 退治は済んだけど宿に帰還するのは不満?」



「いえ、なんでもないです。お昼どきですし帰りましょう」




 今思い返してみれば、時計に関するものってだろう。だとするなら、あの時助けたのもうさんくさい自称時間の神なのだろうし、私の羽を混ぜて作ってもらった逆雪にも何か小細工をかけたのかもしれない。


 実際、私が親方と会う前に接触していたらしいから可能だ。

 ありがたいかはともかく、時間を巻き戻す系統のスキルがこの{逆雪さかゆき}には付いているのかもしれない、というわけだ。




「さて、みんなは今頃見つけられずに宿に帰ってますかねー。ウィンウィンのウィンでアガるなー」

「うぃん??」



 忘れかけていたけど、今私たちは競争の真っ只中だったのだ。勝負事に勝つのはどんな小規模なものでも嬉しい。



 勝ち誇りながら凱旋といこう。



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