##氷の精霊##

 


 ミドリと葉小紅が雪女と遭遇していた頃、別の場所ではパナセア、ストラス、コガネが敵と出くわしていた。


 少女のような姿をした、顔の無い幽霊のような存在だ。



「あれが雪女かぁ。随分と可愛らしい見た目やな」


「ふむ……」


「呑気に喋っている場合か! 【光の矢】!」




 感心しているコガネとじっくり観察しているパナセアを注意しながら、ストラスは矢を放つ。

 一直線に飛ぶ光の矢は相手の肩をかすめて外れた。それもそのはず。ストラスも警戒はしているが、相手に敵意が無いように見えるから牽制で収めているのだ。



「……宿に戻ろうか」


「お、この子雪女ちゃうん?」



「雪女というより氷の精だろう。話に聞いていた凶暴性もないし、雪が降るという性質とも一致しない。こちら側と読んだ私のミスだ。何の関係もない存在を傷つけることもない」


「確かに似てるけどちゃうか。しっかし何と言うか、世界観があの子だけこの国と合ってないなぁ」



 そんな会話の傍ら、武器を仕舞っていたストラスは何かを思い出そうと頭をひねっていた。



「何かの昔話でああいうのが登場していたような――――」





 ◇ ◇ ◇ ◇



 同時刻、竜×2と魔女組はミドリ達の反対側の山頂付近にいた。

 パナセアらと同じように妖怪とは異なる存在と相対している。



 〈どらごん!〉


「いたぞ! 我らが一番乗りだな! 【竜拳】――」


「こら、たぶんはずれだから手を出さない」



 先手必勝とばかりに構えた拳を、エスタが止める。


「ぶー」


「膨れない。ん、山頂に家があるネ。何か色々と事情がありそうだ」


 〈どらごん?〉



 漂っているだけの無害な存在には触れない方針で、近辺にあった家屋へ移動を開始する。折角の戦いの機会を失ったウイスタリアは不満げに口をとがらせている。



「なあなあ、あれって倒した方がいいんじゃないかー?」


「戦いたいだけでしょ。あの子は精霊だから基本的に無害、いじめが好きなら勝手にすればいいけどネ」



「弱いものいじめは退屈だし小者っぽいからしない! ところで精霊って何だ?」


「はるか昔の伝承による聞きかじりだけれど、精霊はもともとこの世界でどこにでもいた存在らしいんだよ。そして、いつの間にか姿を消した――ありていに言うと絶滅したはず。だから、ここの住民に事情を聞いた方が早いネ」


 〈どらごん……〉




 山頂の家の前に到着した面々を代表して、エスタは扉をノックして応答を待つ。

 ガッと戸が開き――



 〈【どらごん】!〉


 家の中から射出された鋭い雪の槍は、どらごんの大木を出現させるスキルで阻まれた。



「今日は不躾で乱暴な人間がよく来る。何の用だ。何も人間に悪さなどしていないというのに」



「うぬが雪女か! なかなか歯ごたえのありそうなやつだ!」


「こら、すぐに喧嘩を売らない。そして雪女さん、あたくしらは別にあなたをどうこうするつもりはないけれど、妖怪である以上、悪い陰陽師に使役される可能性が拭えないのは分かってほしいネ」


 〈どらごん〉



 雪女がエスタの説教を聞いて嫌そうな顔をしていると、奥から雪女とはまた別の者が出てきた。

 幸薄そうな黒髪の男。優し気なたれ目が特徴的だ。



「おゆき、お客さんかな?」


「っ……浩一郎さん。この方々は――――」


「お邪魔して悪いネ。すこし昔の知り合いで寄り道がてら訪ねただけだから気にしないでおくれ」



 エスタは状況を察して雪女のカバーをしてあげた。

 お歯黒はしていないようだが、実質的な婚姻関係にあるのは熟練夫婦のような空気感から伝わるのだ。もちろんおこちゃまなウイスタリアとどらごんは終始首を傾けているが。



「ゴホッ……」

「浩一郎さん、大丈夫ですから寝室で休んでいてください!」


「しかしだね、お客さんがいるのに――」


「【春の安眠】」


 病を背負っている雪女の旦那――浩一郎は笑顔を取り繕って平気そうにしていたが、キリが無いと思ったエスタは少し強引な手段に出た。



「――――っ! 人間!」


「眠らせただーけ。ほれ、ついでにこれあげる」



 エスタは投げ出すように、粉の入った瓶と金のネックレスを渡した。


「そっちはその人の病気を治す薬。軽く見た感じ、あなたの妖力とここの魔力濃度の高さが原因の一時的な魔力回路故障ネ。だからその薬を飲ませれば環境に適応できるようになる。それと、そっちの首飾りは呪術を弾く物だから安心して結婚生活を堪能したらいい」



「な、なんでそこまで……」



「生涯独り身予定だからそういう恋愛は応援したいのさ。それに、異種族間の恋こそおもし――素晴らしいものはないからネ。魔女ならこれくらいの親切は日常茶飯事なんだよ」



 困惑しながらもありがたく受け取る雪女。

 ちゃんと仕舞ったのを確認してから、お別れの前にエスタは最後の質問をした。



「そうだ、今日他に人間とか来たかい?」


「一応近くまで人間と……よくわからない変なのは来た。片方は侍、よくわからない方は緑色の髪だったはず。そいつらに分身は破壊されたけど、勘違いしたのか帰っていった」




「それは重畳。妖怪雪女は討伐済みとしてこれから狙われることは無くなったわけネ」


「さっすがエスタ、なんか賢そうだな!」

 〈どらごん!〉


「……お礼は言わない」





 そう言い放った雪女は、勢いよく扉を閉めてエスタらを追い出した。

 それほど人間やそれに準ずる種族への恨みが募っていたのだろう。しかし、それでも彼女は人間の男に恋をしている。ここでそんな甘ったるい恋愛物語が語られることはないが、憎悪だけでできているわけではないというのは確かである。





「雪女というだけあって冷たいネ。……帰ろうか。ああ、雪女のことは内緒で頼むよ」



「え~、お手柄じゃないのか?」


 〈どら~?〉



「わらび餅でも買って帰ろうかネ」

「内緒は得意だぞ!」

 〈どらごん!〉




 愉快で珍妙な集団も下山を始めた。

 唯一寄り道をして他のメンバーを待たせたのは、また別の話。




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