##40 Oh,SUSHI!

 

「へいへい大将、へい大将! いくらとサーモン3皿ずつ追加で!」

「ふふふ、まさかかっぱ巻きチャレンジがこんなところでできるとは……」

「うむ、もへままはまはもむぼーのふまふぉふぁ(これはなかなか極上の美味さだ)」

「魚! 魚! さかなー!」

 〈どらごん〉



「寿司ってこんなに人を狂わせるんやなぁ……」

「こんな光景、長い人生でも初めて見たネ……」



 インザ寿司レストランなう。

 それぞれの楽しみ方で高級寿司屋さんを満喫しているのだ。


 具体的には、私はいくらとサーモンの無限ループ。

 パナセアさんは頭でもいかれたのか、かっぱ巻きの100皿を目標に頑張っている。

 ストラスさんはおいしさに持ってかれて口の中に入れたまま喋っている。

 そしてウイスタリアさんは何でもいいから魚を持って来いと言い、挙句の果てには魚を直で食べている。流石竜種だ。

 最後のどらごんに関しては醤油を湯呑にたっぷり入れて、それをちゅうちゅうと吸っている。現実でこんなことをする人がいたら確実に炎上するだろう。よいこはマネしないでほしい。まあ、どらごんは魚が嫌いみたいだし、ちゃんと店側の許可もとってあるから今回は世間も許してくれるだろう。




「いやー、葉小紅さんも食べていけばよかったんですけどね」



 雪女討伐の報告と、お昼休憩は家族と過ごしたいということで彼女は一度別行動した。こんな美味しいお寿司を食べられないなんてもったいない。



「そうだ、ミドリちゃん。この国で天空国家クーシルって単語聞いたことあったりする?」


「え? ……っとー、ありますけど」



 あまりにも唐突にエスタさんが真面目な質問を投げかけてきた。まさか天空国家の名前が出てくるとは、何かあったのだろうか。



「なるほどやっぱりネ」


「何かありました?」



「こっちとコガネちゃん達が出くわした氷の精霊、あれは天空国家からこの国へ来た人に引っ付いてきたのかなと気になっていてネ」


「精霊……そういえば私と葉小紅さんチーム以外はそれと遭遇したんでしたね」



 それはそれで見てみたさがある。

 合流してそれぞれの様子を聞いた時はスルーしていたが、精霊って小動物みたいでかわいいのだろう。氷の精霊だしひんやりしていて触り心地良さそう、触りたい。



「そうネ、ちなみにこの国に来訪した者は何者だい?」


「それは――」


 葉小紅さん一家だというのは私を彼女の秘密の関係がバレてしまいかねない。というか、精霊も一緒に来ていたなんて話はあのときしていなかった。大したことじゃないと省いた可能性もあるけど、もしかしたら他にも同じような境遇の人がいるかもしれない?

 別の私の知らない誰かが、氷の精霊を連れて来ちゃったとしたら……考えすぎかな。




「分かりません。道端で噂話を小耳にはさんだ程度ですので。あ、大将! もう3皿ずつお願いします!」

「噂ネぇ……」


「二人とも、天空国家って何なん? すごいファンタジーっぽいワードやけど」



 適当にごまかしていると、コガネさんがいい感じに微妙に話題を逸らしてくれた。流石察しの良さで有名なコガネさんだ、まあ普通に気になったから聞いただけだろうけど。



「こないだ君の師匠宅行った時に手記か何かで見なかった? あたくし、二人の仇敵――ソフィ・アンシル氏の教え子の一人で、その天空国家クーシル出身なんだけれど。ああ、ちなみに天空国家は文字通り空に浮かぶ大陸の国のことネ」


「な!?」


「――おっしょはん師匠の妹弟子ってことになるんか。てか、おっしょはんの手記には書いとらんかったけどなぁ」




「下手に書いてそんな手記が誰かに持っていかれたらその人が危険になるかも、とか考えていたんだろうネ」


「あー、確かに考えそうやわ」


「ちょ、ちょーっと待ってください! えっと……」



 一旦会話で出てきた情報を整理しよう。

 マナさんの実質仇であるソフィ・アンシルの弟子がコガネさんの師匠で、エスタさんも妹弟子。

 そして天空国家クーシルから逃げてきた。

 つまるところ――



「ソフィ・アンシルはクーシルにいるんですね?」


「それは間違いないネ。何といっても、はるか昔南にあった大陸を浮かべて統べたのが彼女だから」



 はい情報量規制法違反。

 とりあえずそういう規模のやつはスルーでいこう。



「んー、もしかしてソフィ・アンシルの弟子って他にもおった感じ?」


「鋭いネ。5人いたし、あたくし含め全員が“魔女”の名を冠していたよ」


 少し話すのを悩んだのか、エスタさんは一呼吸置いてから語り始めた。



「自分たちがどういう使をするかを知ったから逃げようとしたんだけれど、1人が裏切って、結局生きて逃げられたのはあたくしとコガネちゃんの師匠である――幻想の魔女パンタシアだけ。その上、ここ数か月前くらいに師匠の手でパンタシアも死んだみたいだし…………」



 二つ名がかっこいいとか言える空気ではない。

 私はいくらとサーモンを代わる代わる口に入れながら、何を言ったものかと途方に暮れていた。




「じゃあ話は簡単やな、ミドリはん」

「え、ええ。そうですね。言ってやってください」



 何が簡単なのかは分からないが同調しておく。

 真面目な話をしているが、いかんせんこっちはいくらとサーモンに思考能力の8割を持っていかれているのだ。三大欲求とは恐ろしいものである。



「うちらが天空国家とやらに行って、裏切った魔女も、ソフィ・アンシルも成敗すれば一件落着や!」

「おー、たしかに」


「え?」

「あ。いえ、もちろん私もそう考えていましたよ。魚と一緒に蟹も食べたいなって思っただけです」


 苦しい言い訳をしていると、エスタさんが愉快そうにコロコロと笑い始めた。



「師匠を倒す、ネ。それは頼もしい――けれど、今のままでは絶対勝てないよ」



 急に真剣な表情になった。

 それだけ彼女にとっては大事な話なのだろう。私もそろそろお腹膨れてきたし、意識を会話に持ってこよう。



「安心してください。これでも一応、以前倒してるんですよ。復活さえされなければ殺せてましたし」


「せやな」


「2回なら犠牲になった3人の魔女でもできたよ。ただ、3回目は圧倒的過ぎた。あの人の真価はありていに言うと第3形態からネ」



「わお……」

「嫌なタイプのボスや」



 嘘でしょ……あれだけ死に物狂いで1度倒せたのに、第3形態まであるの…………。

 それなら確かに絶対無理と言われても不思議じゃない。



「それに向こうのホームで戦うなら敵はあの人だけじゃない。すべての民を敵に回し、万が一あの人を倒せてもそこに暮らすすべての生物が天から落ちて、海のもずくとなるのを覚悟で戦わないといけないネ」


「……そうなりますか」

「うちは平気や。敵になるならぜんぶ倒す」




 コガネさんの覚悟の決まりっぷりは私も見習わないと。

 無関係の人々を殺す侵略者になる覚悟……うわぁそうなるよね。

 私の主義としては、身近の大切な人たちのためなら多くを犠牲にしてもいいって感じだ。でも、流石に積極的に犠牲を生みにいくのは嫌だなー。



「脅して悪かったネ。でも、あたくしはあくまでも応援しているから。ミドリちゃんはゆっくり考えるといいよ」


「ありがとうございます」


 エスタさん、優しいな。できればクーシルまでついて来てほしいな。



「そうや、折角やし今聞いとこ。エスタはん、天空国家への行き方とさっき言とった裏切った魔女の名前教えてくれへん?」



「もちろん構わないよ。行き方は南の大陸があった場所に小さな孤島があるから、そこへ行けばいい。帰りは空に浮かぶ地面から飛び出せば――場所にもよるけれど、ここ三本皇国から魔大陸のどこかに降りられるネ」


「自由落下で出国とは随分とファンキーですね」

「南の孤島って船で行けるんか?」



「それなりに距離もあるし、道中の魔物も強めだからちゃんとした船は必要ネ。あ、でも最近行こうとしてた異界人の集団は王国の南部の造船が盛んな所から行ってたネ」


「ほほー」

「うちらより先に天空国家のことを知っとった異界人がいるんか!?」




 たぶんネアさん達だろう。

 まさかそんなつながりもあるとはね。

 しかし、王国南部か……たしか地形としては、あそこの大陸の北西部に公国、北に連合国、中央の西寄りと南部に広く王国、中央の東寄りが帝国、東側に竜の渓谷があったはず。

 そして今いる三本皇国は竜の渓谷の更に東だ。


 つまり、船を造ってもらうには当初の目的通り竜の渓谷へ行ってそのまま南側を通って王国南部を目指すことになるのか。



 ――体感はしていたが、こうやって振り返ると、この世界ってかなり小さい。

 地球とは比べ物にならないほど小規模な世界だ。


 っと、思考が横道に逸れそうになった。危ない危ない。



「……まあええか。競争しとるわけでもないしな。それで、裏切った魔女は誰なん?」


「彼女の名はアディグラ、零落の魔女アディグラよ」



「了解です。覚えておきましょう」

「アディグラやね。オッケー」



 ひとまず明確な目標として、天空国家クーシルへ行き、ソフィ・アンシルとアディグラさんとやらを倒すことに決定だ。ソフィ・アンシルに関しては、私はマナさんの封印の解除のため、コガネさんは彼女の師匠さんの敵討ちのため。アディグラさんはお世話になってるエスタさんのために。




「う、うう……消化活動が追いつかない……」

「うぷ。食べ過ぎて動けん」

「魚いっぱいだぁ…………」



 真面目な話も終わりのようだ。必死に食べていた面々が限界を迎えた。珍しいパナセアさんの醜態を拝んでいると、エスタさんはドカ食い気絶部のウイスタリアさんの介抱に向かった。


 〈どらごん……〉



「お、どらごんも満腹ですか――え」




 何かどらごんの体が醤油色になってる。

 もともと木の色だからそこまで違和感はないけど、醤油が全身に染み込んだみたいになっている。



「どんだけ飲んだんですか」

「うわ、醬油くさいなぁ」


 〈どらごん〉


「え、樽3個分ですって?」

「そんなになん!?」



 〈どらごん〉


「いや、そのジョークは妙にリアリティあるから笑えませんよ」


「なんて言うたん?」





 ああ、そういえばコガネさんはどらごんの言語を習得できていないんだっけ。私はもうナチュラルに理解できるから忘れていた。



「さっきは“こんだけ食べたら、大きくなった時に醤油が入った実でもできちゃうかもな”って言ってましたよ」


「うわ、ほんまにリアリティあるジョークや。てかあの4語にそんな意味あるんか……」


 〈どらごん……〉


「“これだからどらごん語の分からないやつは……”ですって」


「え、そないな煽られることなん?」




 よく考えたら、私って日本語に加えて英語も多少しゃべれるし、どらごん語もしゃべれるようになればマルチリンガルになれる。どらごん語は難しいからリスニングはできるけどスピーキングを頑張らないとなー。



「どらごん」

 〈どらごん!〉


「え?」



「どらごん?」

 〈ど、らごん〉


「ちょ――」




「……どらごん?」

 〈どらごん!〉



「あかん。なんも分からんし、絵面も字面も終わっとる」



 まさか筋がいいと褒められるとは。

 今後もときどき練習しようっと。



「さ、そろそろ一度宿に戻りましょうか」

 〈どらごん〉


「うん、満足したならもうええわ」



 一歩も動けなくなった大食い集団を引きずりながら、宿に戻る――




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