##9 魔王城潜入

 

 荒野の朝は肌寒い。

 変装用に準備された魔王城勤務のメイド服の上に目立たないコートを羽織り、私とコガネさんは一番槍として魔王城へ向かった。そしてたった今、やっとの事で魔王城の城下町が見えてきた。



 私たちの目的は魔王と怪しいやつの打倒。やり方は問わないと言われているので、現地で様子を見つつ隙を探したいところだ。


「よし、まずは念の為あれを食べておきますか」

「あれって何や?」



「てってけてー! 怪しげな果実ぅー!」

「やめい」


 ストレージから取り出したのは、だいぶ前に採取した猫耳と尻尾のつく恐るべき木の実である。これを使えばコガネさんのような獣人でなくても容易に潜入できるのだ。



「いただきます! ……よし、ちゃんと猫の獣人みたくなりましたかね?」



 消費期限切れとかもストレージにはないので、普通に食べることができた。違和感はあるので成功しているだろう。



「…………いやぁ、どっちか言うと犬やなぁ〜」


「え?」



 確かに尻尾の形状が猫ではない。耳もイヌ科のつき方をしている。――どうやらこの木の実は猫になれる物ではないようだ。



「うちも貰うでぇ」

「いや、コガネさんは元から狐の獣人ですし必要ない――」



「面白そうやし、ええやんええやん。……ちなみにうちは狐の獣人ではないけどね」


「え」


 問答無用と、強引に私から木の実を奪ってかじった。咀嚼そしゃく音が鳴り止んだ後、コガネさんには狐のもふもふの代わりに鱗が鱗がついていく。



蜥蜴人リザードマンやな。どうせなら竜が良かったわ」

「はぁ、贅沢言わないでください。目立ったら意味無いですし」



「そこはほら、うちの幻術でなんとかねぇ」

「そういうゴリ押しばかりしているといつか痛い目見ますよー」



 私の言えたことではないけれども。


「はいはーい! ――さぁて、軽く幻術をかけたら行きましょか」

「そうですね、あまり無駄話しているのもジェニーさん達に申し訳ないですからね」


 魔王城の警備がザルであることを祈って、私たちは手始めに城下町へ潜り込んだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「――で、どうして私たちはこんないかにも尋問しますよって感じの部屋で待たされてるんですかね?」


「うちも分からんよ。即落ち二コマってこんな気持ちなんやね、おもろいわぁ」


 ケラケラと呑気に笑っているコガネさんを尻目に、私はいざという時のために周囲の壁を叩く。



「何してるん?」

「壁の厚さと音の響きからおおよその位置を把握しようとしているんです」


「……分かるもんなん?」

「素人なんですから分かるわけないでしょう」


「えぇ……?」



 私のボケに、あのコガネさんも珍しく困惑している。冗談もほどほどにして、私はここからの打開策を練り始める。




「お前ら何をごちゃごちゃと喋っている!」


「っ! ……どちら様ですか?」



 相談の隙もなく、いかつい男が部屋に入ってきた。その手には血の染み付いた鞭が握られている。



「俺ァ魔王軍四天王、べラス・シェイスターだ。こんな時期に忍び込んできたお前らを拷問する拷問官でもあるな」





 拷問……尋問より酷かった。

 しかし、流石に拷問は嫌だ。爪を剥がされるのも、よく分からない木の馬に乗るのも痛そうだから絶対嫌だ。こうなったらもう暴れてしまおうか。



「――なあ、拷問官はん」


「ん?」



 私が剣を抜こうとする間際、コガネさんはあやしい笑みを浮かべながら拷問官に話しかけた。



「うち幻術かけとったんやけど、どうしてよそもんやと分かったん?」


「さあな。違和感は感じるからそれだろう」



 真摯に答えてくれている。意外と真面目だ。



「なぁ〜るほど、洗脳されとらん部外者って感じでバレたんやな。よかったわぁ。うちの幻術が見破られたわけやないんやな」


「洗脳……? おかしなことを」



「うーん、あかんな。洗脳が強すぎてどうにもできへんわ」



 コガネさんから発された打つ手なしのような発言を聞き、私は拷問官の背後に回って抜刀した。




 が、


「武器を取り上げていない理由が分かっていないようだな」



 鞭で弾かれてしまった。


 四天王というだけあってそう易々と倒せる相手ではなさそうだ。



「【適応】」

「ミドリはんあかん! ここはもうそいつの――」



「【拷問・針地獄】」



 部屋の至るところから無数の針が突き出る。

 逃げ場は皆無である。



「とおぉう! ッ……」

「コガネさん!?」



 コガネさんが私を抱えて部屋の外まで転がり、何とか脱出できた。私はかすり傷程度で済んだが、コガネさんは横腹をえぐられている。



「大丈夫ですか!」

「平気や。それより、戦うならちゃっちゃと倒してや」




「痛いだろう。俺の拷問スキルは痛覚を十倍にさせるのだからな」


「ご丁寧にどうも!」



 鞭をしならせて私たちを追ってきた拷問官を斬りつける。先程と同じように防がれたが、それはこちらも見越している。


 ――絶え間なく無手の左手を振りかぶる。

 それは殴打の間合い。


 敵の鞭は私の剣を弾いた反動で防御には回せない。こちらの打撃の重さは鞭越しに分かっているはずだから避けるだろう。リーチの短いパンチなら当然後退する。


 だから、私はリーチを伸ばせばいい。



「しっ――」


 殴打と見せかけ、ストレージから吸魔剣2号を取り出して斬る。

 私が異界人だと知らないからこそできる完全なる不意打ちだ。



「ぐはっ」


 狙い通り、間合いを読み違えさせられた拷問官は私の斬り払いを真正面から受けた。致命傷とまではいかずともかなりのダメージは与えれた。

 あとは続けてトドメを刺すだけ。



「終わりです」



 拷問官の胸を剣で貫いて絶命したのを確認した後、私は剣を仕舞った。壁にもたれかかっているコガネさんに急いで駆け寄る。



「すみません、私のミスなのに……」


「構へんって。仲間さかい、補い合うのが道理ちゃう?」




「仲間――」


「え、そう思っとったのうちだけ? うわぁ恥ずいわ〜」




「ああ、違うんです! 私も一人じゃないんだなと改めて思っただけです! 仲間ですよ!」


「そう? 嬉しいなぁ」




 私が初手で仕留めれていれば苦しませずに済んだ。私が堕天していなければ【神聖魔術】が使えて回復もできた。


 そんな“もし”を考えて、ひとりよがりな人間になるところだった。



「よし、自分に幻術もかけたししばらくは問題のう動けんで」


「では作戦変更です。騒ぎにもなってることですし――」



 先程の戦闘音を聞きつけた見張りが増援を呼びに行っている。ここから潜入に戻るのは不可能だろう。



「全員蹴散らして、真正面から魔王城攻略してやりますよ!」


「のったぁ!」

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