##8 作戦前夜

 


「ねっむー」



 昨日というか今日の深夜にレイアスから逃げたので、帝国軍の野営地まで寝ずに帰ったのだ。交代で寝たけどやはり睡眠が浅いと眠った気かしない。



「うぬが堕天使か!」



 欠伸あくびを垂れ流しながら皇帝さんのインスタント屋敷の自室から出てると、威勢のいい可愛らしい声が聞こえた。

 その声の主は、魔女のエスタさんにおんぶされて寝ていた、ツノとシッポのある幼女である。

 確か名前は――



「我はウイスタリア・メチャツヨ・ボルテスタ! 竜王の娘にして、女神フェアイニグ様に仕える竜の巫女である!」



 たわわな胸をこれでもかと張って自己紹介した竜の巫女さん。失礼は承知だが、ツッコミが我慢できない。




「……メチャツヨさん、ですか」

「そう言ったではないか? 何か変か?」


「いえいえいえいえ、かっこいいと思いますよ」

「そうであろうそうであろう! 何せ偉大なる父の、唯一の友が贈ってくれたのだから当然なのだ!」



 ちょっと、ふざけてミドルネームをプレゼントしちゃダメでしょ。今まではよかったかもしれないけど、プレイヤーが参入した今、掲示板でメチャツヨさんとか呼ばれておもちゃにされてしまう。

 この子は私が守らなきゃ!



「どうかしたのか? 随分とやる気に満ち溢れておるが……」

「ええ、少しばかり世界に対する挑戦を決意しただけです」


「そうか、そうか。やはり堕天すると大変なのだな」



 的外れな納得をしているメチャツヨさん改め、ウイスタリアさん。金の角を縦に振り、白銀の髪を揺らしながら頷く姿は、まさに絶世の美幼女である。



「というか、フェアさんの言っていた使いってウイスタリアさんとエスタさんなんですね」


「エスタはただの付き添いだぞ? あれはかなり頭がおかしいから勝手に着いてきただけなのだ」



 軽く罵倒する様子を見るに、かなり長い付き合いなのがうかがえる。竜だから幼女なだけであって、実年齢はエスタさん並に高いのだろうか。



「――誰の頭がおかしいって?」

「ちが――――」


「寒っ!?」



 ウイスタリアさんの背後から、冷気を放ったエスタさんが現れた。どういう仕組みか、ウイスタリアさんは透き通る氷に閉じ込められてしまっている。




「この子があることないこと言っているようで、ごめんなさいネ」

「い、いえいえ。真偽は何となく察していますので!」



 これは真。

 だって屋敷の中でこんな冷気をぶっ放すなんて普通はできない。スキンシップ感覚でやってるのだから余計に。



「えーと、これは氷の魔法とかですかね?」


「なっはっはぁ! はー、面白いことを言うネ? そんなちゃちなものじゃないよ。これは冬の力。あたくしが持つ四季の権能のほんの一端さ!」



「四季って……春夏秋冬のやつですよね?」


「あら、言っていなかったかしらネ。あたくしは四季の魔女って呼ばれているの。数少ない魔女だけど、たぶん一番強いはずネ」



 魔女――私が昨日聞こうと思ってタイミングを逃した情報だ。今なら聞ける。



「ちなみに、その魔女っていうのはどういう仕組みで名乗っているんです?」


「魔女は周りのやつらが勝手に呼ぶだけ。何か特別な資格とか明確な基準なんてないかナ。ごく稀に知り合いの魔女とお茶を飲んだりはするけど」



 聞いた感じ「魔女だ! 磔にしろ!」系の意味合いではないようだ。たぶん、「何か凄い人」っていう頭の悪い判断で決まっているのだろう。



「おーい、ミドリはん達ー? 皇帝はんが集合って言っとるよー」



 通路の角からひょこっと顔を出したコガネさんが、集合のお知らせだけしてそそくさと集合場所へ向かっていった。



 まだ色々聞き足りないが、ジェニーさんに睨まれるのも嫌だし集合するとしよう。



 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――おかしい。

 いや、おかしくはないけど納得がいかない。




「どうして……どうして私だけなんですかー!」

「言ったじゃろ。直前に戦い方はまた確認すると」


「そうですけど、そうなんですけど……」



 全員に見られるのは聞いていない。私の身内だけでなく、見本として軍の人達にも見られているのだ。私は別に戦闘のプロでもないのに!




「ごちゃごちゃ言っていないでかかってくるがよい。さもないと――こちらから徹底的に潰すかもしれないのう?」


「分かりましたよ! 【適応】!」



 いつも通り{適応魔剣}と{吸魔剣2号}を構えて、攻めに出る。


 相手は相変わらず舐め腐っての無手。しかし、ジェニーさんの指先ひとつ振るまでもなく私が消し飛ぶのは分かっている。小さな挙動の一つも見逃さないように目を凝らす。

【天眼】は堕天使になったせいで使用不可になったが、なぜか攻撃を示す赤い線は見える。

 それさえ見逃さなければ十分戦える……!



「しっ!」

「甘い。ここじゃ」



 私の攻撃は空を切り、一瞬で背後に回られた。

 ――でも、見えていた。


 足を払おうとしているので軽く跳躍して回避。振り向きざまに、二本の剣でタイミングをズラして斬りつける。



「ふんぬぅ!」

「ほう」



 少し驚きながらも後ろに回避された。

 ――それも見えている。

 足の動きで後方に避けるのは読んでいた。

 だから後は、



「【適応】! そおおいっ!」



 大剣モードに切り替えた{適応魔剣}を、そのままの勢いで投げる。まっすぐジェニーさんの腹部に剣が突き刺さり――



「――残像じゃ」

「ぐへぇ!?」



 私は、後頭部を掴まれて地面に叩きつけられた。

 加減はしてくれたようで頭から中身は出ていない。……HPはがっつり減っているけど。



「うぅ、いった……」

「前よりはマシになったかのう。まあわらわくらいの相手と戦う時は出し惜しみなしでやるじゃろうが、ステータス差の大きさは頭に入れておくがよい」


「はーい。いてて……」



 ジェニーさんはそのまま軍の方へ行って何かアドバイスを始めた。観客のみんなは私の頭を心配してくれている。物理的な意味で。




 しかし、私は一つだけ気になっていることがあった。




「ミドリくん? やはり治療した方がいいのではないか?」


「いえ、平気です…………少し、一人にしてくれませんか?」



 屋敷に入ってお風呂へ向かう途中、私は屋敷の外へ出た。彼女を一人にしてはいけないと思って。



 澄みきって心奪われる星空の下、私の予想通り二人はそこにいた。邪魔にならないよう、職業を忍者に変えて【隠密行動】と【潜伏】を発動する。




「そうか、みっともないのう」

「いやーおっしゃる通りだよ☆ でも最期くらい優しくしてくれていいんだよ☆」



「妾の優しさは妾にしか似合わぬ。驕るでない」

「ほんと、手厳しいね☆」




 ジェニーさんとシフさんが向かい合っている。ジェニーさんの手には紅い剣が握られており、傍から見ると二人が戦うようにも見えた。しかし、戦意がないのは彼女の手に力が入っていないことからすぐわかる。



「…………本当にいいんじゃな?」

「ああ、【傲慢】が完全に使えるようになるのが最善の道だからね☆」



「そんなことは聞いておらん」

「……そうだね、もうこんな風に話すことがなくなるのは寂しいかな☆ でも、今この瞬間はあるはずのないボーナスタイムだから☆」



「そうかものう。……妾はきっと成し遂げよう。じゃから――」


「もちろん、君の中で見守っているよ」



 シフさんはそう言って、ジェニーさんの剣を握る手に、そっと手を添えた。彼女の望みが見守られることではないのをきっと分かっているのに。



「じゃあ後はよろしく☆」


「――ああ、達者でな」



 ジェニーさんの表情をこちらからは見ることができない。シフさんにだけ見えるのだから、私はそれで構わない。

 しかし、声色から悲痛さが感じ取れてしまって、私はなんだか背徳感を覚えて目を逸らす。


 詳しいことは知らないけど、あの剣でシフさんを貫いて、あの悪魔はあるべき場所へ戻るのだろう。話の内容的にジェニーさんの力となるのは間違いない。


 しばらくの間、ただひたすらに星空を眺める。



「おい、いつからそこにいたんじゃ?」

「――あっ! えーと今来たとこです」



 ボーっとしていたらいつの間にかジェニーさんが横に立っていた。座っている私を見る目はいつも通り冷たいものである。



「……まあよい。明日は朝から潜入じゃぞ。さっさと寝ないか」

「そうですね、そうします」



 あまりにいつも通りだ。

 彼女とシフさんの関係は長く強固で大切なものだっただろうに。それこそ私とマナさんの関係と同じくらいには信頼していて、私たちより長く続いたはずだ。

 なのに、どうしてジェニーさんは――




「今この瞬間くらい、悲しんで嘆いても誰も責めませんよ? どうしてそんな簡単に前へ進めるんですか」



 立ち去ろうとするジェニーさんを引き止めて、私はうつむきがちにそう尋ねた。



「妾がジェニー・ガーペ・プロフェツァイアだからじゃ」


「……傲慢ですね」




「ふん、傲慢で何が悪い。自身を肯定できぬ者に何が為せる?」


「…………」



 ジェニーさんは私の頭をポンと撫でた。

 その手は太陽のように温かく、確かな強さを感じさせた。


 本当は私が彼女に寄り添うべきなのに、逆の立場になっている。もしかしたら心の奥底では、ジェニーさんが私と同じように凹むのを望んでいたのかもしれない。最低だ。



ぬしは自身の全てを肯定できぬのか?」


「普段はがむしゃらに突っ走っていますから気にしませんが、ふと考えてしまうんです」



 一人になって、夜になって、冷静になってしまうのだ。





「――私の選んだ選択は正しかったのか、私が切り捨てた未来に価値は無かったのか、馬鹿げた理想を追い求めているのではないかと」



「正しいだとか価値だとかなぞ誰にも決められぬわ。なればこそ、好きに生きればいいのではないか」




 真に自由な人というのはジェニーさんのような人なのだろう。自由であるにも力がいる。私は彼女のように強くなれるのだろうか。




「それに、理想が馬鹿げているのなぞ当然じゃろ。最初は誰もが馬鹿げた理想を抱き、次第に実現可能な現実に変えていくのじゃからな」



「理想を現実に、ですか」




「うむ、ちなみに妾の理想は――――」


「なるほど、そういうことですか。なかなか無茶な道を選びましたね」



「そういうお主はどうなんじゃ?」


「私は――――」




 星空の下、私たちは理想を語り合う。

 最後にはお互いの健闘を祈って拳を合わせた。


 明日の作戦は絶対に成功させなければいけない。

 そんな強い気持ちが芽生えた夜だった。




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