##10 魔王城攻略

 

 私たちの軽やかな足音と、鎧を着た兵士が崩れ落ちる音が魔王城の中を駆ける。私もコガネさんも、多いだけの並の兵士にやられるほどヤワな死線はくぐっていない。


 ただ一つ問題があるとすれば――



「ミドリはん……いい加減次行きたいんやけど!」


「そんなこと言われましても地図も無いし案内板もないですから。怒るなら不親切な設備にお願いします!」



 私の方が手負いのコガネさんより速く、先導して道を切り開きつつ上へ行ける階段を探しているのだが、如何せん私だ。

 階段はおろか、同じ場所を何回も行き来しているのである。



「仕方ありません、こうなったらもう真上に進みます」


「あかんて。それをしたら瓦礫で余計魔王を見つけれなくなるさかい」



 かといって、戦力の温存的な面でコガネさんに先導させるわけにもいかないし、私の方向音痴は他の追随を許さないレベルだし。



「あ! ミドリはん、あれ」

「ん? あっ、階段ですね! …………下へ行くみたいですけど」


「とりあえず足踏みしてるよりはええんちゃう?」

「確かにそうかもしれません」



 石造りの階段を降りてみることにした。

 私はすぐに攻撃できるように警戒しながら先導しているが、敵は現れない。




「牢屋ですかね」

「せやな。ひとっこひとり居ないみたいやけど」



 やはり捕まっていた人は兵役として魔王軍の方へ組み込まれているのだろうか。



「――誰かいるのですか」



「ッ! コガネさん人が!」

「居るみたいやなぁ」



 か細くも強い意志を感じさせる声が聞こえた。かなり奥の方からだ。罠に気を付けてゆっくりと奥へ進む。


 最奥の牢屋へ着くと、そこにはマイナスイオンマシマシの清楚オーラを漂わせた、私と同い年くらいの少女が鎖に繋がれていた。


 少女は、少し紫みのあるピンクの髪で、いわゆるくるりんぱのハーフアップのようなヘアアレンジをしている。加えてインナーカラーの珊瑚色もいい味を出していた。



「ここの者ではありませんね。よければ外してくださいませんか?」



 悪意や殺意のようなのは感じられない。

 ある意味戦争に近い国勢でこの場に残されているというのは、余程の危険人物か、あるいは封じておく必要性がある黒幕にとっての天敵か。

 おそらく彼女は後者だろう。雰囲気からして他の人のように洗脳を受けていないのだ。



「その前に、私たちは魔王とその背後にいる者を倒しに来た……帝国軍の一員です。それでもいいのですか」


「ええ、それなら尚更」



 鎖を外す鍵なんて持ってるはずもないので剣で切り落とす。鎖が落ちた時の金属音でまた兵士が寄ってこないかと警戒したが、平気そうだ。




「わたくしはスセソル・ピオニエ・プロバタ、ソルとお呼びください」


「ソルさんですね。私はミドリです」

「うちはコガネや」



「よろしくお願いいたします。実はわたくし、お父様の娘なのです」


「……それはそうでしょうね」

「お父様は何者なん?」




「あ、お父様はお二人に分かりやすく言うと魔王のことです」



「ほほう?」

「洗脳は受けてないんやな?」



 魔王の娘とはなかなかの大物だ。それに捕まっていたということは、この人だけ洗脳できなかったのだろうか。




「洗脳……? ああ、魅了チャームのことですね、わたくしは唯一対抗手段を持ってますので」



 私たちが推測していた洗脳ではなく、まさかの魅了が原因らしい。相当な数魅了しているようだし、敵の強さが察せられる。



「軽く事の経緯を教えてくれます?」

「どこからお話致しましょうか…………」



 ソルさんは目を瞑って思案している。しばらく私たちも黙って待っていると、ついに決めたのか語り始めた。



「ほんの数ヶ月前、四天王の一人であるサキュバスの方が聖剣破壊の任務でパライソ大陸の聖王国へ向かいました。そんな時にとある神がお父様と交渉に参りまして、聖剣破壊は無しになり彼女は帰還しました」



 パライソ大陸っていうのは私たちが海を渡ってくる前にいた大陸だ。聖王国は確か帝国の隣の滅んでいた場所だっけ。そこで私はネアさんとなんやかんやしたはず。


 というか話の内容からは特に雲行きの怪しさは感じられない。



「――ですが、どうやら帰還した彼女は先祖返りしたようなのです。そして先祖に魂を飲み込まれ、神話の時代に悪い意味で名を馳せたサキュバスに体を乗っ取られていました」



「そうして魔王城周辺の全てを、彼女は魅了して支配しました。わたくしは所用でその時期に帰ってきたのですが……お父様を救えずに捕まってしまったのです」




 先祖返り――本で聞いたことはあるが、そんな突発的に起きる現象なのだろうか?

 不思議に思っていると、コガネさんも似たような疑問を抱いたようで質問していた。



「先祖返りって何や?」


「種族により条件は異なりますので一概には言えませんし詳しくもないのですが、先祖の特徴を獲得することです。……正確には、彼女のそれはもっと醜悪でした。もはやあれは怨念と呼べるでしょう」



「わーこわい」

「ミドリはん小学生になっとるよ」



 だって反応に困るじゃない。直接見てないから全然敵のイメージが固まらないのだ。

 怨念がおんねんとか言って場を和ませようかとも思ったが、ふざけていると捉えられるのも嫌なのでやめておいただけ私は偉い。褒めて欲しい。ついでに一生養って欲しい。



「経緯は以上です。お二人はこれからどういった攻略をするのですか?」


「どうって……ミドリはんパスや」


「うーん、敵の戦い方や特性を含めて教えてくれます?」



 それ次第でボス戦はこちらの戦い方が変わってくる。真正面から向かうのは決まっているが、そこはしっかり考えてから挑むべきだ。


 というか、質問からしてソルさんも戦力としてカウントするのは決定のようだ。



「あいつは――【色欲】を司る諸悪の根源であるピリスは魅了を振りまきますが、わたくしがお二人へのも防ぎます。戦い方は魔術と格闘を組み合わせた魔拳士のようなものでした」


「ならうちが相手するわぁ」

「ではコガネさんとソルさんはそちらをお願いします」



「もしかしてお父様を――」

「一人でやります。私のことはご心配なく」

「さすがミドリはん、自信満々やなぁ」



 そもそもこちらはソルさんという即興の仲間しかいないので、魅了による連携がとれる可能性のある相手には三対二の構図はよろしくないのだ。私が魔王と戦って引き離すのがアンパイだろう。




「無茶です! お父様はここにいる誰よりもずーっと強いのですよ!?」


「大丈夫ですって。勝算はありますから」

「……! 兵士が近付いてんで〜。そろそろ行かんと」


 コガネさんのケモ耳がピクピクと反応していた。聴覚も良いなんて本当にハイスペック過ぎるな。

 私は入ってきた階段を目指して走り出す。後ろからコガネさんもついてきているが、ソルさんはまだだ。


「ほら、ソルさんも! なるようになりますから行きますよ!」



「あの……ここから玉座の間まで直通で行ける抜け道があるのですが、そこから行きませんか?」



「そういうのはもっと早く言ってください。小っ恥ずかしいじゃないですか」

「よかったー。また迷子沼にハマるとこやったわ」



 ソルさんの案内のもと、私たちは暗い抜け道を通る。


 コガネさんの失礼な発言はスルーしてあげたが、そろそろ彼女の弱点を探すべきかもしれない。いい加減私がいじられキャラみたいになっているから。



「――ここです」

「行き止まりですけど?」

「ああ、上やね」


 天井を見てみると、一部だけ色が違う。もしかしてあそこが出口なのだろうか。



「本来、この道は玉座の間から脱出するための抜け道の一つなのです。我らが偉大なる初代様の時からそのままあると聞きました」



 初代魔王がどれくらい前の人なのかは知らないが、道理で年季を感じる質感な訳だ。

 ここからのハシゴなどが無いのは落ちて脱出するのが本来の使用用途で、攻める側が使うのは想定していないからということだろう。



「この高さならジャンプで届きますね。私が先行します」

「ソルはんはいけそう?」

「問題ございません。お二人の足は引っ張らないように頑張ります」




 ストレージからいつもの二本の剣を取り出す。

 深呼吸してから、私は色の違う天井を吹き飛ばして玉座の間に侵入した。

 色の違ってた部分は玉座の底だったようで、部屋の端まで玉座は無造作に転がっていく。



 その部屋には、いかつい魔族の男と、露出過多な格好のサキュバスっぽい人が――――いた。



 ……手で下にいる二人が来るのを制する。ファザコンが透けて見えるソルさんにこの光景を見せるのは可哀想だから。



「――おまたせしたかしら?」



 少し経った後、甘ったるい声が脳に気色悪く響く。不快に思いながらもう大丈夫だと二人を呼んだ。




「ミドリはん、さっきのは何なん?」

「…………お構いなく」



 私が相手するのはあくまでも魔王。

 さっき見たのは忘れて戦いに集中するとしよう。



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