###9 限界生者戦線

 


 パナセアさん製の空飛ぶ車に乗せられて5分程。

 神殿らしきものが見えてきた。

 主神がどうたら言ってたし、あそこが限界生者戦線の本拠地兼人類唯一の生存圏なのだろう。


 なぜかある駐車場のような場所に車を停め、私はパナセアさんに先導されて神殿の中に入った。



「意外とまだ生きているんですね」

「残念なことに全員で私含めて136名だがね」



「ちなみに冥界側の戦力は?」

「10万程度だろうね」


「オワタ」

「ああ、実際こちらには戦えない人の方が多い。真正面から戦ったら秒で全滅するのがオチだろう」




 予想以上の絶望的盤面に、草の欠片も生えてこない。流石に生き残ってる人達からも諦めムードが漂っているし、大半が少しでも長く生きるために居るのだろう。


「……この中でレベル100を超えてるのは何人ですか?」


「私と主神だけだ」


 相当キツイ。

 大軍相手に無双できるだろう基準が100以上は必要だと考えると、人数差を踏まえて100超えがあと最低7人は欲しかった。


「さ、詳しい打ち合わせは主神を含めてやろう。この部屋だ」

「失礼しま――」



 主神と呼ばれていた存在も、私がよく知るあの神だった。目が合った瞬間、黒髪の女神は飲んでいた紅茶が変なところに入ったのかむせて咳き込みだした。



「フェアさんってレベル100以上あったんですね、引きこもりだからレベル1とかだと思ってましたよ」

「……コホッ、最初に言うのがそれなら本物ね。時空の歪みは感知してるからもしかしたらと思ったけど頼りになる助っ人で良かったわ」


「それで、ジェニーさんとソフィ・アンシルは? 少なくともジェニーさんが居ればこんなことにはならないはずですが」


 ソフィ・アンシルの行動指針が不明だからそちらが手助けするかは分からないが、ジェニーさんに関しては攻撃してくるなら燃やすのが信条みたいなところがあるのだ。

 私の不躾な質問に、フェアさんは少し目を逸らして答えた。



「ジェニー・ガーペ・プロフェツァイア皇帝は最初こそ冥界から来た強者達を蹂躙していたけれど、目覚めてしまった“暴食”と相討ちしたの」


「……そうですか」



 そうか、時間軸としては魔大陸の事案が解決する前に冥界からの侵攻が始まったのか。それなら彼女とて厳しい状況だっただろう。

 最初は100万近かった敵軍をここ10万まで削っていると付け加えるのを聞いて、感謝こそすれど落胆すべきではないと思い直す。

 というか90万の兵をたった1人で蹂躙した後、私の世界だと私との共闘の末ようやく倒せた暴食すら相討ちで持ってくなんてあの人強すぎでしょ。



「それでソフィちゃんはもう自害したよ」

「はい? なんでまた自害なんか?」



「彼女の目的は彼女の想い人である人神クーロが守った世界と、彼の力を揃えた上で心中するっていう、ちょっと歪んだ愛情表現からくるものだったんだ。でも、そんな綺麗でありながら少しずつ腐り落ちていく世界はもう無くなってしまった」


「――だから興味を失って自害ってわけですか」



 気色悪いとでも言えばいいのか、敵には回っていなくて良かったと安堵すぺきなのか。


「他にも強者は居たんだけどね。例えば異界人だとネアちゃんとかクロくんとか」


「……! そうでした。ネアさんなら――」



「死んだよ。リスポーン地点も無くて復活できない状況でね。信じられないって顔してるけど、相手が相手だったからね。ネアちゃんとかクロくんとか、あと勇者のハクちゃんとか、鬼神になったマツちゃんとかが居なかったらもっと戦況は厳しかったと思うよ」


「そんな敵がいたんですか」



「うん。ソフィちゃんがつまらないから、って暴走するように命令したんだよ」

「暴走?」


「そうなの。戦神アテナの魂にね」



 もう終わったことだけど、とこれからの話に入るフェアさん。私は少し大事そうな情報を聞きそびれてモヤッとしながらも、まずはどうやって戦力差を覆すかの方が重要だと自身を諭して耳を傾ける。



「まあ真っ向勝負は無理だよね」

「消耗が激しくなれば本命冥神ハデスとの戦闘で不利になるのは明らかだ。確実に裏をかく必要がある」

「あ、冥界に行く方法なら心当たりがありますよ」


 私が以前奈落を経由して冥界に行ったのは奈落行きの列車だから再現性は無いが、ジェニーさんの話の中で冥界に行ったというのは聞いている。

 私たちが魔大陸に向かう途中の海で暇つぶしがてらに彼女が語ってくれた昔話で行き方は言っていた。

 私はいつか冥界に遊びに行くかもと覚えているのだ。



「本当!?」

「冥界に乗り込めるならこの3人、いや2人と1柱でも何とかなるかもしれないね」



「公国のペルダンという町の近くに、私が以前冥界から脱出した場所がありまして。あそこが現世の中で最も冥界に近い場所なんです。あそこから侵入してやりましょう」


「でかしたわ! これで勝つる!」

「いや待ってくれ。侵入すると言っても物理的に繋がってる訳では無いのだろう? 一体どうやって――」


「斬ります」


「「ん?」」



「昔、ジェニーさんは“黎明”から真似た【次元斬】っていうので斬って入口を作ったそうです。そして私は多分それに近い【間斬りの太刀】というスキルを持っています。つまり、そういうことです」


「“黎明”ってのが誰なのかは知らないけど……【次元斬】は【間斬りの太刀】の上位互換、進化先のスキルなんだけど。そこら辺把握して――無さそうだね」



 待て待て待てーい!

 いや、確かに私のは空間だけで、進化先は時間も超越してそうな名前だけど。ダメなのかー。


「って“黎明”も居ないんですか? 確かあの猫耳の人、先代時間神の……あ、そっか」



 私の居た世界線をαとすると、私と先代時間神はα出身だけど、“黎明”はまた別の世界線から移動させられたβ出身、今の時間神の出自は不明だが、今いる世界線γにはβから来た異分子である“黎明”は存在しなかったことになるのか。

 それならジェニーさん辺りの歴史も変わってきそうだが、何らかの歴史的強制力があるのか、はたまた“黎明”が居ても居なくても結果は大して変わらないのか。


 いずれにせよ【次元斬】を使える人はいないということになる。


「ふむ、頓挫か」

「みたいです。期待させてしまって申し訳ない」



「ちょっとちょっと! 何勝手に諦めてるの? 下位互換があるなら問題無いのに!」


 急に頬を膨らませるフェアさんに、私とこっちよパナセアさんは顔を見合せた。



「私、スキルを一度だけ進化させるスキルを持ってるの。今が使い時でしょ?」



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