###一方、平和な風景###

 


 ミドリが別の世界線に送られてから少しして。


「パナセアはん、ミドリはんは?」


「居なかったから確認したら少し出かけてくるとメッセージが来ていたよ」



「なんや。物音した時は起きとったんやさかい、挨拶くらいしてくれはってもええのになぁ」

「朝ごはんも無しに出発するくらい急ぎの用事だったじゃな〜い?」

「ミドっさんってトラブルの中心にいることが多いから急なのはいつもでしょ」

「ほらほら、みんな座って! 朝ごはんできたから」

「サナ! 今日は肉なのだな! 肉の香りがするのだぞ!」


 魔女リンの家、リビングにいる面々はわちゃわちゃと朝食の準備を始めていた。

 そんな1ミリもミドリを心配していない様子を見て、パナセアは忘れ物をしたと2階の客室に上がった。



「あれでよかったんだね?」

「うんうん。ナイス言い訳ー」


 正体を明かしてパナセアの信用を得た時間の神は、取り外したヘルメットを再び被っていた。



「君のその口調は違和感が凄いな」

「キャラ被りってよくないじゃん? つまりはそういうこと。じゃ、そろそろ彼女と交渉しに行くからしつれーい」




 そう言って、時間神は瞬く間に窓から加速して空の彼方まで飛んでいった。

 パナセアは改めて頭の中を整理してから、再び階段を下りて日常に戻っていった。




「んまい! ふおもひおかわり!」

「まだ沢山あるから焦って食べないの」

「サナ〜私のも〜」


「大食いが二人もおると朝ごはんでも絵面が凄いなぁ……」

「サナくんは本当に親切だ。私のような種族にも相応のエネルギーを用意してくれる配慮までしてくれるなんて。将来はいいお嫁になるんじゃないか?」

「誰目線なのさ? それに2人も居ないのに食卓の量がほぼ変わらないの何なのさ」



 素の食欲で肉を貪るウイスタリアと、あるスキルのためにカロリーを摂取するリン。

 別の世界線に居るミドリと、普通に現実の仕事でログインできていない不公平の分の空席をものともしない量の料理が机に並んでいる。



「そ〜いえば明日からイベント始まるよね〜。私はサナとペア戦に出るんだ〜」

「異界人が戦うのだろう? みんな頑張って勝つのだぞー。モグモグ……」

「ほら、口元に油が。ベタベタじゃないもう……」


「私もサイレンくんとペア戦で参加するね。あ、それなら今日のうちにある程度戦法を固めておこうか」

「そうだね。予選は20戦までしかできないもんね」

「うちは個人戦勢やさかい。ペア戦組は大変そうやな」



 穏やかな朝日が差し込む食卓、平和な時間がまったりと過ぎていく。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 時計の針は進み、日が沈みはじめた時間帯。

 船用の木材の運搬を終えて軽く食糧でもとってこようと森で大物を探していた人影がひとつ。


 木の葉の隙間からこぼれる夕焼けを背に、コガネは大きなクマを引き裂いた爪に血を垂らしながら解体を行っていた。



「――誰や。裂かれたいん?」


「凄いね。かくれんぼには自信があったんだけどな」



「暗殺者ならもっとしっかり殺意しまっとき」


「勉強になりまーす。今回はそういうのじゃないんだけどつい癖で」



 木の上から黒いセーラー服を着た少女が姿を現した。黒猫の紋様が首に入っている。



「黒猫の紋様、サナはんの言っとった邪神教の幹部やな?」


「正解♪ 幹部なんて呼ばれてるのは初めて知ったけど、直接を貰ってるから序列的には合ってるよね」



「力?」


「普通の神はちょっとした加護とかしか配れないけど、うち猫さんのは違うんだよ? それぞれにあった特別製の力が貰えるんだ」



 少女はコガネの反応を窺うように妖しげな視線を向けた。

 実際のところ、普通の神が信者に配れるのは【〇〇神の加護】をはじめとしたその神の性質に合わせたほんの少しのものであり、少女の持つ【変幻自在の神の加護:瞬影】は少女の戦闘スタイルに合わせたものになったものであった。


 加護や寵愛系のスキルは本来そこまで影響力は無く(フェアイニグ職業神?ナメア破壊神レイ色神は終末兵器なので別として)、少女が貰っているそれは明らかに別格で異質のものであった。


 気持ち悪い視線にコガネは顔をしかめるが、相手が今接触してきた目的を探るために少し泳がす。



「まずは名前から聞かせてもらおか?」


「名前で何かするタイプのスキルでも持ってるの? ……でもいいよ。それはそれで面白そうだし。私はトンク、ミドリ様ファンクラブ会員NO.4だよ」



「うわキショい自己紹介やな。なんや、邪神教はミドリはんのファンクラブでできとるんか?」


「そんなことない……かな? 私もお姉ちゃんも、あのお嬢様も、なんなら猫さんもファンみたいなものだし――いやでもあの2人の現地人はそういうわけでもないし、下っ端不死者も違うから人数差で見れば違うよ! 人数差で見ればね……」



 コガネはますます眉間にシワを寄せながら、今まで使っていた幻術を解いて現実を顕にした。

 先程まで向き合っていたのは幻、実際は既に少女の背後から首に爪をかけていた。



「まあええわ。次は目的を話してもらおか」


「ズルいそれ。あ、目的は各々あるよ。例えばそうだねー、あなたの復讐も、大切な子の救出もできるかもね」



「――っ!」


「わわ、いきなり首をかっ切ろうなんておっかないなー」



 コガネの懐から一瞬で抜け出した少女は、大袈裟に驚いた様子をしてみせた。

 コガネが殺意を滾らせたのを確認してに入る。



「ソフィ・アンシル、だっけ? ミドリ様はあなたほど復讐心に駆られてないもんね。そういう人じゃないってのもあるかもだけど、案外他の場所で会って本性を知って溜飲が下がってたりしてね」



 少女も彼女に色々と吹き込んだも、フェアイニグからの試練でミドリがかつてのマナとソフィの関係性を目の当たりにした事実は知らない。知らずにたまたま言い当てたその言葉は、コガネに妙な真実味を覚えさせた。



「なんや。闇堕ちでもしろ言うてんか?」


「別にそこまで言ってないよ。ただ、の時のために力が必要になるんじゃないかと思ってね。猫さんって親切だからさ、気に入らないなら引き裂いちゃっていいし」


「……自分の仕える神が死んでもええんか」


「え? 仕えてなんかないよ。私含めたプレイヤーの協力者はミドリ様との未来のために自分の意思で協力してあげてるだけ。そこは履き違えないで」



「――――話だけ、ってのは誘い込まれる前フリみたいやし、力だけ貰って好きにさせてもらうで」


「うん、じゃあついてきてね」




 2人は森を進んでいく。

 この日、コガネがリンの家に帰ったのは夜遅くだったという――――



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