###8 特訓、未来送り!?

 



「やっほ!」

「チェンジで」



 ログイン早々、仰向けの私に怪しさ満点のヘルメットを被ったボイチェン使い時間神がまたがっていた。

 私のチェンジ要求を無視して、そいつは本題に入った。


「どこまで聞いたか知らないけどジェニーちゃんと交代して君を鍛えに来たよ。あ、そういう意味なら既にチェンジ済みってことになるかな」


「どいてださいよ、そいっ!」



 強引に背中を蹴ってやろうとしたが空を切った。

 無駄に速い動きだ。

 この私をしても目で追えなかった。



「というか今更鍛えられる必要は無いと思いますよ? レイさ……色神の力も持ってますし」


「チッチッチ〜。分かってない、分かってないよ。確かにその力があれば並の神になら勝てるだろうね」



 やっぱりこの神妙に腹が立つな。

 でも、とそいつは続けた。



「君の倒すべき存在は並じゃない。用意周到で油断も慢心もしないラスボスなんだ。終末兵器が単身で勝てるような相手ではないんだよ」


「ソフィ・アンシルのことですか。それで? 私には何が足りないんです?」



「そう結論を急ぐんじゃない。それは君が見つけることだ。まあこの特訓をすることで世界スキルのが芽吹くとは思えないけど、他にも必要なことはあるからね」


「迂遠でめんどくさい神ですね。特訓でもなんでもいいんでさっさと始めてくれません?」



 私が急かすと、時間神は呆れたようにため息をついてから指を鳴らした。


 ――浮遊感。

 それと同時に高揚感も。

 これは何度も感じたことあるものだ。【不退転の覚悟】を使った時の感覚に似ている。




「せっかちな君には淡々と説明してあげよう。今から君を送るのは“もしも”の先にある未来の世界。言うなればWSSワールドシミュレーションシステムで観測されたパラレルワールドだよ。そこにある大いなる問題を解決したら特訓は終了。分かりやすくていいね」



「なるほど、了解です。でも、貴方は一体――」



 WSSワールドシミュレーションシステムを知っているなんて、運営側の者くらいしか居ないはずだ。私もその単語を聞いたのは運営のあるバイト先でだから目の前の神の情報網が謎すぎる。


 そんな私の追及から逃れるように、不審な神は再度指を鳴らした。



「種明かしは特訓をクリアしたらね。じゃ、精々頑張って。“天使ミドリと冥界の歌姫ナズナが出会わなかっただけの世界線”、いってらしゃーい」



「ちょ、はぁ!? そんな些細な――」



 ――視界が暗転した。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「うぅ、気持ち悪っ。……ここはど――は?」




 荒野に居た。

 生物の気配は無く、緑の欠片も感じられない。

 まるで滅んだ世界のように何も無い。



「ナズナさんは冥界で私がプロデュースしただけ。それが起きなかっただけで、どうしてこうなってるの?」


 あの時間神が嘘をついている可能性が脳裏をよぎったが、そんなメリットは間違いなく無いとすぐに自身で否定した。


 ……ダメだ。いくら考えても些細な差がここまで影響を及ぼすとは思えない。ナズナさんとの出会いが些細というのは失礼かもしれないが、少なくとも世界の存続を分けるような大きなイベントではないと思う。



「とりあえず生き残りの人を探して、事情を聞かないことには始まらないか」


 虹に乗って空高く舞い上がる。

 元の世界なら乱気流があった高度まで上がるが、虹を纏わなくても風は吹いていない。


「んー、蟻の一匹も見当たらないや」



 おっと?

 少し先に金属のようなものが視界に入った。

 ゆっくり下りて拾い上げると、それは少しばかり錆びた銃弾の残骸であるのが分かった。


 不思議に思って軽く足元の砂を蹴り上げると、砂埃の下に他にも銃弾が散乱していた。



「ところどころ血の痕跡はあるのに、弾にはついていない、何なら弾には魔力が少し残ってるから実体を持たない相手と戦っていた? あるいは倒したら痕跡が消えるタイプの敵?」



 いずれにせよ何かと戦った結果が今の終わった世界なのだろう。



 ――しばしの嘆息の後に、エンジンの音が響いた。


「どこから……上!?」



 遥か上空から空を駆ける車がこちらに下りてきた。シルバーのオープンカーから肘を乗り出して話しかけてきたのは、見知った顔。

 向こうも向こうで驚いた顔をしている。




「パナセアさん!?」

「……ミドリくん、だよね?」



「はい。そうですが……」

「そうか……」


 

 なぜか微妙な空気が流れる。

 目の前の彼女が何を考えているのかは不明だが、今のパナセアさんは私の知ってる彼女より、なんというか優雅さが足りないというか、所作に幾ばくかの粗雑さが垣間見える。



「えっと、多分貴方が知ってるミドリとは別の私なんですよ。別の世界線から来たと言いますか――」




 複雑な私の立場を大事なとこだけかいつまんで伝える。さすがはパナセアさん。こっちのパナセアさんも頭の回転が早くてすぐに理解してくれたようだ。

 そして、彼女はここの世界の話をしてくれた。



「ある日、私たちが公国でなんてことない日常を過ごしていた時にヤツらは現れた。衰退していっていた今の人々は過去の悪人や冥界の兵士に蹂躙されていったんだ。そして冥界の神の力によって無限に湧き出るそれらにあえなく滅びの一歩手前まできてしまった――こんなところかな」



 言及されてはいないが、時系列的には私がナズナさんと出会わずに何らかの方法で冥界を出てすぐのことだろう。

 ただ、依然として疑問が尽きない状況だ。



「まずは私たち、パナセアさん以外の皆はどうなったんですか?」


「マナくんは一人姿をくらませ、サイレンくんは冥界に幽閉されていた極悪人によるリスキルに他のプレイヤーと共にあってしまい心が折れて引退、仲間になったばかりのコガネくんも大切な友を喪って引退、どらごんも死亡を確認している」



「私は? 私は一体何をしているんですか?」


「前提として話しておくが、既にこの世界にリスポーン地点は無い。一つ残らずね。だからプレイヤーとて一度死亡したら有り体に言うとデータロストということになる。もちろん別のアカウントを作るなんてこのゲームの仕様上不可能だ」



「……死んだんですか。情けない」

「そう言ってやるもんじゃない。彼女は生死不明のマナくんを探しに行くために冥界へ向かったんだ」



 まあここの私がとんだ失態をしたことなんてどうでもいい。他にも聞きたいことはあるのだ。


「ジェニーさん、皇帝はどうなんですか。ソフィ・アンシルはここでは何を――」


「名前は聞いたことあるが、私は詳しくないな。私達の“限界生者戦線”で主神なら知っているだろうから紹介しようか?」



「“限界生者戦線”……分かりました。とりあえず他にも生き残りが居るんですね。私が帰るためにもここは協力したいですしお願いします」


 名前からギリギリ生きながらえている感が拒めないが、全滅よりかはマシだ。


 要するに冥界で暴れだした冥界の神を倒せばいいのだ。協力が得られるにこしたことはない。


 それに――パナセアさんに寂しそうな表情は似合わないからね。



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